バンクシーの絵はストリートこそ似合う

イスラエル軍イスラム組織「ハマス」の大規模衝突から1ヶ月。パレスチナ自治区ガザ地区の保健当局はガザ地区の死者が1万人を超えたと発表しました。世界で最も有名なストリート・アーティスト、バンクシーは、幾度もパレスチナを訪れています。写真(下)は、2015年にバンクシーが公開した短時間のドキュメンタリー映像の一齣で「Bomb Damage(爆撃の惨禍)」と題された作品です。イスラエルの境界防衛作戦の一環でガザ地区の家屋が次々と破壊された時期に描かれたものです。当時、ガザ地区に地上侵攻したのはイスラエルの方です。見てのとおり、ロダンの「考える人」が頭を抱え途方に暮れる女性の姿にすり替わっています。同時期に公開された2つの映像もアップしておきます。住民が掘ったトンネルから潜入し、この瞬間もバンクシーガザ地区で活動しているのかも知れません。


www.banksy.co.ukより


www.banksy.co.ukより

2018年、サザビーズのオークションに出品された「少女と風船」は落札された瞬間、額縁に仕掛けられたシュレッダーが作動し、何と下半分が裁断されてしまいました。この前代未聞にして衝撃の事件は、会場に紛れ込んだバンクシーが仕掛けたのだと実しやかに伝えられたりします。シュレッダーの誤作動で作品すべてが裁断されなかった可能性さえ指摘されています。真相は藪のなかです。

神出鬼没にして素性を一切明かさないバンクシーの本領は、「グラフィティ(graffiti)」にあります。最近は「グラフィティ・アート」と呼ばれたりしますが、本来「graffiti=落書き」と「アート(芸術作品)」は交わるものではありません。所有者に無断で密かに建物や塀に描くから「落書き」なのです。ゲリラ的に「グラフィティ」を描いてメッセージを発信してきたバンクシーにとって、額縁に収まり売買対象にされてしまった絵など取るに足らない存在だったのでしょう。ところが、100万ポンド(1億5千万円)で落札された「少女と風船」は「愛はごみ箱の中に」と改名され、3年後に1600万ポンド(25億円)で転売されることになります。皮肉なことに、オークション会場で作品が自爆するというアートシーン自体がバンクシーの声価と作品の価値を一層高めてしまったのです。

バンクシーは、建物の壁や塀に描いた絵が管理者によって消されたり誰かの手で上書きされる運命を楽しんでいるように見えてなりません。彼の出身地・英ブリストルではバンクシーが描いた「グラフィティ」の一部を保存しようと、アクリル板が取りつけられたりしています。バンクシーがめざす究極の「グラフィティ」とは対照的な運命が用意されるようになったのです。時々の喜怒哀楽を自由奔放に表現し、数日もすれば消えてしまうような「落書き」の運命にこそ、バンクシーがめざす刹那の美学があるのです。例外は、ロックダウン下の英国で懸命に診療にあたる医療従事者向けに描かれた次の作品「ゲーム・チェンジャー」です。かごに逆戻りしたバットマンスパイダーマンの人形に代わって、赤十字の看護師さんが新たなヒーローになっています。


出典:バンクシー公式サイト

バンクシーの出身地・ブリストルをはじめ、ロンドンにある欧州最大級の文化複合施設・バービカン・センターにもバンクシーの「グラフィティ」が残されています。アクリルケースは余分ですが、美術館や邸宅のような立派な器はバンクシーにはもっと不似合いです。バンクシーの絵はストリートこそお似合いなのです。