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意外に品薄な紙の地図|『山と高原地図』

山と高原地図』は、昭文社ホールディングズ(東証一部上場:コード9475)が発行する登山者・ハイカー向け地図のことです。縮尺は1:50,000、全61タイトルあります。1965年の刊行開始から今年で55年目、『山と高原地図』は半世紀以上の歴史を有する定番地図なのです。最近では、地図アプリをダウンロードしておけばスマホで簡単に閲覧できるので、紙の地図の需要は低下する一方ではないでしょうか。5年前、国土地理院が発行する紙の地図の販売数が最盛期の81年度(約910万枚)の20分の1になったと報じられました。2017年2月には地図の大手取次業者(日本地図共販)が倒産、更に実需は減っていることでしょう。

今月中旬、北アルプスへ出掛けるので、穂高岳周辺をカバーする『山と高原地図』(2021年版)を購入しておこうと思い、大手啓文堂書店のネット書店や丸善ジュンク堂のネットストアをあたったみたのですが、売り切れで在庫ゼロ。楽天市場も然り。実店舗ならひょっとしてと思い、最寄りのジュンク堂吉祥寺店に電話をしてみるとやはり在庫ゼロ。他店舗に2部あることは分かったものの、取り寄せはコスト倒れするので已むなく断念しました。

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2021年度38『山と高原地図』(槍ヶ岳穂高岳)は今年2月に発売されたばかり。全61タイトル(エリア)のなかでも人気度一・二位を争うエリアとはいえ、意外な品薄に虚を突かれた格好です。需要が減っているので販売部数を絞っているのかも知れません。結局、新宿の紀伊国屋書店に在庫があることが分かり、何とか一部(税込1100円)手に入れることができました。スマホはバッテリー切れリスクを伴います。従って、紙媒体の地図はこれからも登山必須アイテムであり続けるはずです。耐水性紙を使用し「ニス引き加工」が施された『山と高原地図』は、一覧性があり悪天候にも強いので、本当に頼りになる存在です。デジタル地図に押され、今や絶滅危惧種に仲間入りした感のある紙媒体の地図ではありますが、登山前に自宅で拡げ、紙触りを愉しみながら悦に入るのがマイ・ルーティンです。

2021年版には登山アプリ「山と高原地図ホーダイ」(サブスク版で月額利用料400円・税込)が1年間無料で利用できる購入者限定特典が付いていました。「ヤマレコ」や「YAMAP」に比べ、標高ごとのグラデーションやテキスト情報が充実しており、最も見やすいアプリのようです。

キバナコスモスの秋|都内屈指の極上空間<浜離宮恩賜庭園>を訪ねて

都心一等地にある<浜離宮恩賜庭園>は「特別名勝」にして「特別史跡」。「特別名勝」とは、文化財保護法によって指定された名勝のうち、特に、風致景観が優秀で、学術上価値の高いものとして文部科学大臣が指定した名勝のことですから、国宝級の景観だと言って差し支えありません。都立9庭園のうち「特別名勝」に指定されている3庭園のなかでも、「特別史跡」と重複指定された<浜離宮恩賜庭園>は別格の存在です。

たった300円の入園料(写真下)を支払えば徳川将軍家ゆかりの大名庭園を闊歩できるのですから、夢のようなスポットではありませんか。同じく「特別名勝」・「特別史跡」重複指定の<六義園>は、徳川五代将軍綱吉の屋敷として造営され、明治期には三菱財閥創始者岩崎弥太郎の別邸でした。住宅地にある<六義園>と比べても、中心部から南に潮入りの池を配置した<浜離宮恩賜庭園>は遥かに開放感があって、西側の汐留高層ビル群と庭園緑のコントラストがひときわ美しく、都立9庭園を総合評価するとすればダントツ1位だと思っています。さながら都会のオアシスです。

今回は<中島の御茶屋>に立ち寄り、お抹茶(温・冷選択可能です)と和菓子(「紫式部」)を頂きました。10月の主菓子は「菊」「紫式部」に「紅葉」。季節感を大切にしたおもてなしが<中島の御茶屋>ならではのサービス、東京在住の外国人に人気のスポットなのも納得です。緋毛氈に座って景色を愛でつつ頂く温かいお抹茶は最高でした。池にせり出した月見台へ出てみるのも一興です。明治時代、中島茶屋(現在の御茶屋は伝統技術の粋を活かして復元されたもの)では明治天皇が外国政府高官ら賓客と謁見したそうです。世が世なら庶民など足を踏み入れることさえ許されなかった極上な空間、季節を変えて再訪したいスポットです。

中島と岸辺をつなぐ<お伝い橋>は贅を凝らした総檜造り。途中で鍵型に曲げて視点を転じさせるあたり、趣向に富んでいるなと思いました。<潮入りの池>には、文字通り東京湾隅田川の出口)の汽水が引き込まれていますので、海の魚が泳いでいます。鮮明な画像ではありませんが、写真下はお伝い橋の袂で見つけたクロダイです。ハゼやボラをはじめ、チチュウカイミドリガニやユビナガスジエビなども生息しているそうです。小舟で釣りをしたとされる将軍様は入れ食い状態だったのではないでしょうか。

写真のように秋は北端築地川に沿ってキバナコスモスが咲き誇ります。この日は、たまたまNHK BSプレミアム(コスモス満喫!秋の浜離宮~江戸東京400年をひもとく)のライブ収録日と重なりました。放映中の大河ドラマ『青天を衝け』に登場する十五代将軍慶喜鳥羽・伏見の戦いから敗走、軍艦開陽丸で逃げ帰って下船した場所が写真の「将軍お上りの場」です。鴨場や都内最大級の樹齢300年の黒松など見どころ満載の<浜離宮恩賜庭園>は、歴史エピソードの宝庫。好天の日にブラリ出掛けたいスポットです。

日本では何故イケていない高齢者ばかりが目立つのか?~親しい友人ゼロが3割?~

高校時代の同級生A君から久しぶりにメールが届いて、半月ほど放置していたら、連絡が欲しいと催促のメールがありました。今年、ご両親が相次いで亡くなり、ようやく遺産分割協議がまとまった由。一方的な身辺事情ばかりを書き連ねたメールが届くので、ツッコミを入れる術なく毎回苦慮の末、こちらの近況を手短に伝えて済ませます。A君とのメールや会話はキャッチボール型ではなくドッジボール型なので、あまり愉快なものではありません。筆マメ・聞き上手が災いして自分だけがターゲットにされているのかも知れません(笑)。共通の友人S君はそれが嫌でずいぶん前にA君と絶縁してしまいました。幾度かA君に苦言を呈したことがありますが、今のところ、目立った効果は見られません。

日本の中高年男性(中年おじさん)は孤独だとよく言われます。内閣府の最新国際比較調査(日米独瑞)によれば、家族以外に親しい友人がいない高齢者(60歳以上)は全体の3割に上るそうです。4ヵ国中、最も淋しい存在が日本人高齢者なのです。この調査では男女比が明らかにされていませんが、男性に限れば半数近くが該当するのではないでしょうか。

一体全体、その原因はどこにあるのでしょうか。数年前、身寄りのない伯母の相続に絡んで、叔父が連絡を寄越してきたことがあります。疎遠(というよりこちらから積極的に関わりたくなかったので)だったからでしょうか、ほどなく、頼んでもいない手書きの職歴書が自宅に郵送されてきました。そこには定年後の第2・第3の職場における役職が列記されていました。日銀で要職にあった叔父は退職後の職歴を甥に自慢したかったのでしょう。価値観が真逆の外資投資銀行で働いてきた自分には、微塵も訴えることのない無価値の紙切れでした。高齢者が嫌われる最大の理由は、こうした過剰な「承認欲求」にあるような気がしてなりません。

旧友と再会するとよく名刺を求められます。今は「持ち合わせていない」とお断りしますが、第2の職場の名刺はしっかり手渡されます。会社なり組織に帰属していないと安心できない証拠です。隣町に住む職場の先輩Yさんから、名前と住所・電話番号だけ記載した自前の名刺を受け取ったことがありますが、却ってスマートで格好いいと感心したものです。

自らの成功体験をひけらかし頑固で切れやすい高齢者は益々増殖していくのでしょう。口を開けば、自慢話。さもなくば、病気・介護、子供・孫の話に終始されるとなれば、誰だって友だちになりたくありません。年を重ねるにつれ、幸福度が低下するのはどうやら日本特有の現象のようです。

「親ガチャ」の当たりは十人十色~裕福な家庭に生まれることが当たりとは限らない~

最近、全国紙にも頻繁に登場するようになった「親ガチャ」という若者言葉、。中高年には耳慣れないこの言葉、ご存じない方のために含意を解説しておきたいと思います。カプセル入りの「ガチャ」から何が飛び出すか分からないように、<どんな親の元から生まれてくるかによって、その子の人生は(半ば)決まってしまう>という意味合いでどうやら若者が使っているようなのです。メディアが注目するきっかけを作ったのは、社会学者・土井隆義氏の著書「『宿命』を生きる若者たち」(岩波ブックレット・2019年6月刊)なのだそうです。言葉の鮮度は一向に落ちないどころか、どんどん拡散して若い信者を増やしているような気がします。橘玲氏の最新刊『無理ゲー社会』(小学館新書)は、現代社会における社会的・経済的成功は「遺伝的宝くじ(遺伝ガチャ)」に当たった幸運な者が独占し、外れた者は成功から排除されるという遺伝的決定論に基づくリベラリズムが台頭していると指摘しています。「遺伝ガチャ」は「親ガチャ」と同義ですから、外れてしまった者にとって、社会的・経済的成功はもとより攻略不可能な「無理ゲー」だということになってしまいます。

かつては「親の七光」という言葉で表現されていたようにも思いますが、「親ガチャ」が使われる文脈は決定的に違います。昭和世代に馴染み深い「親の七光」、即ち生まれながらに恵まれた者が社会的・経済的に成功している場合、揶揄や嘲笑の対象となっても、決して肯定的に受け止められてはきませんでした。「氏より育ち」は今も強烈なカウンターテーゼ足りうるはずです。ところが、「親ガチャ」は、努力では決して乗り越えられない壁があると決めつけてかかるだけになかなかに厄介です。特に若年層に対して、努力や挑戦の虚しさを増幅する作用があるだけに、極めて深刻な社会的影響をもたらすと考えられています。土井氏によれば、「親ガチャ」の特徴的な点は「獲得属性」よりも「生得属性」に遥かに傾斜して目が向けられているということになります。

では、「親ガチャ」に外れた若年層は不幸せかというとそうでもなくて、<現状を変革しないで受け容れる方が楽に暮らせる>と却って人生満足度は向上しているようなのです。思わぬ宿命論の効用です。

寧ろ、注目したいのは「親ガチャ」の中身です。生まれた家庭の経済的な裕福さを尺度に当たり・外れを論じる傾向が強いことに違和感を感じてしまいます。親からの遺伝的影響が最も色濃く反映されるのは身長や容姿ではないでしょうか。トリーチャーコリンズ症候群のような遺伝的疾病に至っては、本人の努力どころか現代医学を以てしてもどうにもなりません。体質的に太りやすい女性はどうすればいいのでしょうか。中年を過ぎた男性なら気になる頭髪のボリュームも遺伝的影響が強いと思われます。一生懸命働くことでお金は何とかなっても、どうにもならない差異は無数に存在します。出生に係るpros and consは人それぞれで、相互にトレードオフもあります。誰しも多かれ少なかれそうした差異を受け容れて生きているはずです。貧乏な家庭に生まれてたとしても。イケメンに生まれた人は羨むべき存在だったりします。そうした違い(差異)を社会が多様な個性として寛大に受け容れ、決して差別しないことが重要なのだと思っています。

思えば、大学卒業後、転職の末、都内郊外(山手線外側)に住み始めた頃、都心に生まれ育った実家通勤の人々が羨ましくてなりませんでした。言うなれば「出生地ガチャ」です。首都東京の居住コストは地方とは比較にならないほど高いので、仮に同じ給料で働いていたとしても、手元に残るお金は雲泥の差となって現れます。一方、東京でマンションなり戸建てを手に入れようとすれば、猛烈に働いたり、節約に励み欲しいモノを辛抱したりと、「出生地ガチャ」当選者が凡そ持ち合わせないモチベーションをキープすることになります。環境決定論に抗って好転する人生も大いにあり得ます。自分は明らかに「出生地ガチャ」に外れましたが、都内で一国一城の主になるくらいのささやかな夢は叶えました。

そんな訳でどうしても出生の運・不運論に与することはできません。"Chance" "Challenge" "Change" は若者の特権ではないでしょうか。 今の若年層を覆う退嬰的な空気は一害あって百利なしだと断言します。自らの経験に照らして、努力や挑戦が少しでも報われる持続可能な社会を育むことこそ、何より肝要だと思うのです。”Boys (and girls) be ambitious !” 

『山小屋ガールの癒されない日々』で知る山小屋のリアルな日常

3年前、山小屋が大の苦手だという友人T君を説得して見晴(尾瀬ヶ原)にある弥四郎小屋に1泊、至仏山に登ったことがあります。テント派のT君は人見知りするタイプで山小屋で見知らぬ登山者と一晩を共にするのは苦痛だというのです。ひと口に山小屋といっても、その形態はさまざまです。このときは幸い2人だけの相部屋を手配したので、彼の心配は杞憂に終わりました。ソロの場合はこうはいきません。以前、上高地の嘉門次小屋に泊まったとき、深夜突然、同室男性が大声で譫言を発し始め暫く収まらず、安眠を著しく妨げられたことがありました。この夏は、さきの弥四郎小屋で隣室の高齢男性が30分以上にわたり大声でスマホトークするので、なかなか寝つけないというアクシデントにも見舞われました。ひとつ屋根の下、見知らぬ者同士が寝食を共にする山小屋は、T君ならずとも、怖気づいてしまう存在なのかも知れません。正体を知らなければ、山小屋と聞いて尻込みするのも無理はありません。

高地にあって特殊な閉鎖空間である山小屋の日常は、とても謎めいていて大いに興味をそそられます。『山小屋ガールの癒されない日々』(吉玉サキ著・平凡社)は、山小屋利用者が普段から抱いている疑問の数々を解き明かしてくれる恰好のノンフィクションです。プロローグはなかなかに衝撃的です。北アルプスの山小屋でアルバイトを始めたのは、筆者が23歳のとき。驚く勿れ、それまで登山は未経験、北アルプスが何処にあるのかさえ知らなかったという告白で始まります。下界(山小屋用語で街のこと)の仕事に上手く順応できず心身のバランスを崩し、一時的にニート状態だった筆者は、幼な馴染みのチヒロさんの薦めで、彼女がワンシーズン働いた山小屋に履歴書を送付、ほどなく採用されてしまいます。それから10年にわたる山小屋ガールの軌跡を綴ったのが本書です。

山小屋で働くスタッフの日常生活は制約だらけです。一番気になるのは、上・下水道のない山小屋でどのように水を確保しているのかということ。北アルプスの山小屋の多くは、沢(水場)からポンプアップで水を確保しているのだそうです。ポンプを動かすには軽油が必要です。沢の水量が減る秋は、水場で作業をしながら凌ぐそうです。山小屋で当たり前のように提供される食事は炊事が大前提、その蔭で涙ぐましい水との格闘があろうとは。

北アルプスの山小屋にスタッフ用のお風呂が存在すると知って少し驚きました。長くても1週間前後辛抱すれば、下界で入浴できる登山者と違って、男女問わずスタッフは毎日汗をかきながら労働しているのですから、少し考えてみれば当たり前のことですね。それでも、週2~3回の入浴につき、スタッフ1名に与えられる水はバケツたった2杯。自分も登山のときは必ず携行するようにしていますが、山小屋スタッフは大量の汗拭きシートや洗顔シートを携えて小屋入りするといいます。常に水不足に悩む山小屋もあれば、水資源の潤沢な小屋もあり、山小屋格差は歴然です。山の上は空気が乾燥しているので、女性は特に保湿クリームなどのスキンケア用品も欠かせません。

原則、生活物資はヘリコプターが運びます。1回で運べる荷物の重さは600kgまで。麓へ降りて荷作りするのも山小屋スタッフの大切な仕事。冷凍食品は直前の荷作りがマストで、天候が悪いときなど、面倒でも荷を崩して再び冷凍庫に戻すのだそうです。悪天候でヘリ待機6泊なんて、山小屋利用者の貧しい想像力の及ぶところではありません。数週間に一度のヘリで間に合わない急ぎの荷物は、歩荷さんが運びます。北アルプスでは山小屋の男子スタッフが歩荷を兼務するそうです。重い荷物を運べる男子は羨望の的らしく、歩荷する段ボールに書き込む重量20㎏のところを30kgと書き換える見栄っぱりもいたりして、思わずほくそ笑んでしまいました。

著者はハイシーズンに100人分以上の食事を作っていたそうです。限られた食堂スペースで提供されるアツアツの料理は、厨房スタッフの涙ぐましい努力の賜物、その集中力たるや凄まじく手放しで称賛したくなります。山小屋では、深い感謝の意を込めて「いただきます」「ごちそうさま」の挨拶を欠かさないようにしたいものです。

大抵の山小屋は通年営業ではないので、秋になれば小屋閉めとなります。山小屋スタッフは言うなれば季節労働者。冬の間は、スキー場、酒蔵、生産農家、ホテル、レストランと住込みの仕事を探す人もいれば、働かずに山小屋で貯めたお金を原資に旅をする人もいます。サラリーマンやOLになることだけが働き方だと思っている我々下界の住民は蒙を啓かれる思いではないでしょうか。

5年前、涸沢ヒュッテに泊まったとき、台風に直撃され、猛烈な風雨で山小屋ごと吹っ飛んでしまうのではないかと思ったことがあります。<山の荒天は凄まじい>、その通りだと思います。ここまで来たからには荒天だろうと先を進みたいという欲望に打ち克って撤退する勇気がときとして求められるのです。

一番共感したのは、<マウンテンでマウンティングですか?>と題した一章。思わず座布団一枚、いや二枚と声を上げたくなりました。他人に対して自分の方が立場が優位であることを示そうとする振る舞いをマウンティングといいますが、登山歴を披歴したがる輩の何と多いことよ。筆者の言うように、五感で山を感じ、謙虚に山に向かい合うこと、それを常に心掛けたいと思っています。筆者は山小屋で知り合ったKさんと結婚して、今は山を下りて念願だったライターに転身しました。山とふれあい成長する山小屋ガール物語、いかがだったでしょうか。

J.K.ローリングさんのハーバード大学卒業記念講演録|『とてもよい人生のために』(静山社)

隣駅南口の目の前にある図書館、<武蔵野プレイス>へ行くときは、必ず貸出点数上限の10冊を借りてくることにしています。明確に借りる本が決まっていない場合は、あてどなく図書館をほっつき歩きます。そんなときにかぎって思いもよらない素敵な本との出会いがあるからです。最近、ふと目に留まり借りてきたのは、「ハリー・ポッター」シリーズの作者 J.K.ローリングさんが2008年のハーバード大学卒業生向けに行った記念講演を収めた『とてもよい人生のために』(静山社・2017年)です。オリジナルタイトルは、”Very Good Lives”、"The Fringe Benefits of Failure and Importance of Imagination (失敗の思いがけない恩恵と想像力の大切さ)"というサブタイトルがついています。

書架にあったこの本にすっと手が延びました。ずいぶん以前に観た「ハリー・ポッター」シリーズ誕生秘話を紹介するテレビ番組が脳裡に焼き付いていたからでしょう。J.K.ローリングさんの生い立ちから「ハリー・ポッター」シリーズ誕生の経緯を知れば知るほど、月並みな誕生秘話という言葉が陳腐に思えてきます。これこそセレンディピティと呼ぶべきなのです。「ハリー・ポッター」誕生から20年で全世界累計発行部数は4億5000万冊超え、80の言語に翻訳されているのだそうです。wikiによれば、2018年12月1日には5億を突破したとありますから、今もその記録を更新中なのは間違いありません。

2008年のハーバード大学卒業生はこれ以上ない餞の言葉をJ.K.ローリングさんから受け取ったはずです。こんな記念講演を追体験できたのはこの本のお蔭です。これから社会に巣立っていく卒業生はさぞ勇気づけられたことでしょう。2005年6月、スティーブ・ジョブズが米スタンフォード大学卒業式で行った伝説のスピーチ然り、アメリカの一流大学はその名を聞いただけ心がときめいてしまうゲストを招いて卒業式を盛り上げるのですね。日本の大学もこの点は是非見習って欲しいものです。残念なことに、自身の卒業式はいえば出席した記憶以外は1ミリも覚えていません。

わずか11ヵ月で結婚生活に終止符を打ったJ.K.ローリングさんは、幼い娘ジェシカちゃんを抱え、寄る辺ない生活に転落してしまいます。僅かばかりの生活保護を受けながら、貧困や鬱と戦う日々だったといいます。満足な暖房さえ与えられないどん底暮らしのなか、彼女はカフェへ足を運び、エスプレッソ1杯だけを注文し、やがて「ハリーポッターと賢者の石」に結実する原稿を無我夢中で書いていたそうです。傍らには乳母車で眠るジェシカちゃんがいました。

そんな経験を通して彼女はこんな珠玉の言葉を卒業生に贈ります。

<挫折から抜け出して、より賢く、より強くなったことを知れば、それ以後は、生き抜く能力が確実なものになります。逆境によって試されなければ、真の自分をも、人間関係の力をも本当に知ることはないのです。辛い思いをして勝ち取ったこの認識こそ、真の贈り物であり、それまで私が得たどんな資格より価値あるものになりました。>

<人生は難しく、複雑で、完全にそれを制御することなど誰にもできません。そのことを知る謙虚さこそ、人生の浮き沈みを生き抜かせてくれるものなのです。>

彼女のふたつめのメッセージは、アムネスティ・インターナショナルの活動に参加した経験が基になっています。

<この地球上のほかの生物とは違い、人間だけが、自ら経験することなくして学び、理解することができます。他人の立場に立って考えることができるのです。

(注)赤字は筆者による。

恵まれて育ったに違いないハーバードの卒業生に<みなさんのうようには恵まれてはいない人々の身になって考える能力を持ち続けるなら・・・(中略)みなさんの存在を褒め称えるでしょう。世界を変革するのに魔法は要りません。すでに私たちの中に、すべての必要な力が備わっているのです。それは、より良い世界を想像する力です。>

最後をこう締めくくります。

<人生は物語と同じだ。いかに長く生きるかではなく、いかに良く生きるかが大切なのだ。>

J.K.ローリングさんの人生が凝縮された珠玉の言葉の数々、是非、本書を手に取って欲しいと思います。もうひとつ、卒業生が彼女の生き方から何を学びべきかを考えてみると、細菌学者パスツールの言葉に行き着きます。「ハリー・ポッター」シリーズの成功は、彼女に偶然訪れた幸運ではないのです。「幸運(チャンス)は準備された心にのみ降り立つ」("Chance favors the prepared mind" or "Chance prefers well-prepared mind")、この言葉も胸に刻んでおきたいですね。

「ロウリュ」デビュー@<SPA LaQua>~想像以上に快適な施設でした!~

10数年ぶりに東京ドームシティの<SPA LaQua>を訪れました。開業当初(2003年5月)、会社帰りに何度か行ったきりですから、ずいぶんご無沙汰してしまいました。ここ数年、最高潮に達したかに見えるサウナブームを傍観しながら、自分が紛れもないサウナーだということに気づいたのはごく最近のことなのです。きっかけは、サウナブーム火付け役のひとり、タナカカツキさんの漫画『サ道』(既刊単行本全5巻)でした。バズワード「ととのった」の発案者はこのタナカさんです。

週2~3回、スポーツジムで汗を流した後、浴場のサウナを利用します。ドライサウナ(10分)→水風呂(2~5分)最低1セットがルーティン、そのときの気分で3セット繰り返すことも間々あります。この温冷交代浴によって得られるリラックス効果は、人それぞれですが、恍惚感や幸福感に近い感覚ではないでしょうか。その感覚を「ととのった」と称したタナカカツキさんも、サウナ体験は40歳手前で通い始めたスポーツジムから始まったそうです。正鵠を期すれば、「ととのう」ためにはサウナ→水風呂→外気浴(休憩)の3ステージが必要になります。自分が通うスポーツジムの浴場サウナには休憩用の椅子などありませんから、残念ながら「ととのう」ための必要十分条件は満たされません。それでも、水風呂(チラーがワークしていて17℃前後が理想)に浸かっていると、蓄積されたストレスが徐々に発散されていきますから魔訶不思議です。かなり以前から、「ととのう」に近い境地に達していたことは確かです。

スポーツジムやリゾートホテルにおけるサウナ歴に鑑みれば、自分も立派なベテランサウナーだと自負できます。なにせ、マイ・サウナハットやマイ・サウナマット(では不要>を携行しているくらいですから。久しぶりに訪れた<SPA LaQua>は、『サ道』1巻目末尾に掲載されている<トッププロサウナーが選ぶととのいすぎちゃう全国のサウナ厳選50>に堂々ランクインしています(プロサウナーとは何?とツッコミたくなりますが抑えて)。都内ランクインサウナのなかでは、自宅からのアクセスがベストな施設なので、期待に胸を躍らせて入館しました。

専用エレベーターで6階へ。入館料は2900円+550円(土日祝日特定日割増)=3450円也。お目当てはフィンランド式サウナ入浴法として知られる「ロウリュ」。サウナストーンに直かにアロマ水をかけると熱い蒸気が発生し、一気に室内の温度が上昇、発汗が促されます。緊急事態宣言下、休止していたこのサービスが10月から再開。サウナ室に入るや否や芳しい香気が鼻腔を刺激します。1時間毎にスタッフが入室、盥に入ったアロマ水がなくなるまで数度に分けてサウナストーン上部にゆっくりと円弧を描くようにアロマ水をかけていきます。かけ終わったスタッフは拍手で労われます。一度目は下段に腰掛けていたので、ほとんど熱さを感じませんでした。ところが、2度目は最上段(写真下・赤丸位置の右上方)に腰を下ろしていたので、高温の水蒸気をまともに浴びて、1分足らずで退室を余儀なくされました。いままで経験したことのないような熱さを体表面すべてで受けとめたような感覚でした。階段から降りるときは、一瞬、その熱さが体表面を圧迫し焼けつくような痛みさえ伴いました。実に衝撃的な「ロウリュ」デビューでした。

男子風呂のセルフロウリュは休止中。フルサービスこそ享受できませんでしたが、100℃のオールドログ(ドライサウナ室)、海水から汲み上げた天然温泉、露天風呂、17℃と22度のふたつの水風呂、マッサージ浴など、多彩なメニューで滞在中十二分に愉しませてくれました。入館料に見合った賢い利用法は、5階にあるホテル並みのリラクゼーションスペース(2013年全面リニューアル・写真下)やエステなど浴場以外の館内ファシリティを有効活用することです。これなら、1日掛かりで訪れる価値ありと確信した次第です。