3度目の川瀬巴水展(2/2)〜雪景色に惹かれて〜

川瀬巴水(1883-1957)は、大正から昭和にかけて活躍した木版画家です。海外ではHASUIは、HOKUSAIやHIROSHIGEと並び称され、この偉大なる3人のアーティストのイニシャルから3Hと呼ばれています。

会場で展示作品の所蔵者である渡邉木版美術画舗の代表・渡邉章一郎さんの姿を見かけました。テレ東の人気番組「開運なんでも鑑定団」のファンである妻が気づいて教えてくれました。

新版画を提唱する版元の渡邉庄三郎(章一郎氏の祖父)と出会い、巴水は処女作「塩原三部作」を制作します。縦長画面の三ツ切り判は好評を博したといいます。この渋い作品に目をつけたスティーブ・ジョブズの審美眼には驚くほかありません。巴水は、「たびみやげ」「東京十二題」と次々と連作を手掛けます。

連作シリーズのなかでは、完成度において、「東京二十景」が群を抜いていると感じます。衆目の評価も一致するところではないでしょうか。《芝増上寺》(1925)は、巴水の作品中最も売れた作品です。赤の堂宇に雪化粧した大屋根、その鮮やかな色彩コントラストが印象的な傑作です。何より優れているのは緻密に計算された構図です。枝払いされた手前の松幹が左上方へと伸びて、画面上部から雪の重みで撓んだ松葉が垂れ下がっています。赤と白のコントラストに所謂松葉色が絶妙のアクセントになっています。傘を斜めに差して表情の窺えない女性は、《蒲原》を描いた歌川広重へのオマージュに見えます。

東京二十景」のうち5作品が雪景色です。御茶ノ水の雪景色を描いた《御茶の水》では、画面左上から対角線に雪が降り頻ります。《月嶌の雪》も横から激しく吹きつける雪を描いています。猛々しい自然とは対照的に、画面全体からは不思議な静寂(しじま)が伝わってきます。

《芝増上寺》と並ぶ人気作品《馬込の月》の柔らかい月あかりに浮かび上がる馬込の風景からは、谷崎潤一郎の名作『陰翳礼讃』に通じる日本人の美意識が看てとれます。三日月に浮かび上がる松橋のたもと風景を描いた《瀧之川》には、人家の障子から洩れる灯りが効果的に配されています。

奇しくも、遺作となった《平泉金色堂》も雪景色です。移ろいゆく自然と共存する日本の原風景を描いた川瀬巴水の作品は、何度見ても飽きることがありません。