熊谷榧さんの旧作油彩画展(2021年3月)@豊島区立熊谷守一美術館

数年ぶりに熊谷守一美術館を訪れました。館長は熊谷守一の次女榧さんが務めています。榧さんはHPに<守一のこと>と題してこんなことを書かれています。

<守一は自分でも言っているように、いい絵を描いて褒められようとも、有名になろうとも思わず、たまに描いた絵も売れず、長いこと千駄木東中野の借家を転々として、友人の援助で生きながらえてきた。1932年に、いまの熊谷守一美術館になっている豊島区千早に引っ越して来た頃から、ぼつぼつ絵も売れて、なんとか家族を養えるようになった>

戦争中もひっそりと暮らし、道端の草花や生き物を描いていたそうです。文化勲章の内示を受けながら断ったのも熊谷守一らしい筋の通し方ではないでしょうか。コンクリート打ちっ放しの美術館外壁にはアリが食べ物を運ぶ様子が描かれています(写真下)。「天狗だ、仙人だ」と冷やかされたそうですが、娘さん曰く、「ごく普通の人間だった」ということです。2018年に公開された映画『モリのいる場所』で山崎努さんが守一を、秀子夫人を故樹木希林さんが演じています。

今回の訪問目的は、美術館3Fで館長榧さんの油絵を拝見することでした。多数の画集を刊行されている榧さんは、「山・雪・人」をテーマに200回を超える個展を開催なさっていて、お父様と対照的に行動派の画家として知られています。今年、ヒマラヤのデオチバ山脈をはじめ、ネパールのナムチェバザール、カラコルムのパイユ、キリマンジャロなど展示作品12点はすべて海外の山岳風景を描いています。その行動力に圧倒されます。スマホで次々と被写体を切り取るのは容易いことですが、現地で対象を凝視しながら描いたスケッチからは作者の昂揚感や息遣いが伝わってきて、訴求力の次元が違ってきます。


チャパティを作る(パイユで)1991年作>


<川原の花(デオチバ山脈)1971年作>

イラストレーターの沢野ひとしさんの著書『人生のことはすべて山に学んだ』のなかで、榧さんの絵についてこんな風に賞賛しています。展覧会を観てそのとおりだと思いました。

<山の絵はあまり気取って描くと味に欠ける。ひと息つく時に大雑把に鉛筆を走らせたほうが、勢いが出て山容も浮きあがってくる。山の絵で憧れるのは熊谷榧さんの絵である。白山書房からたくさん画文集が出版されているが、山の現場で描かれた絵には臨場感があり、山の空気が漂う。>