ボジョレー・ヌーヴォー退潮・・・に想う

11月の第3木曜日はボジョレー・ヌーヴォ-の解禁日。日付変更線のせいで最初に解禁される先進国が日本とあって、思えば、バブル全盛期80年代後半の解禁日の熱狂は凄まじいものがありました。ピーク時の2004年には1248万本が輸入されたといいますから、そのお祭り騒ぎぶりは常軌を逸するものでした。それから10年余り、今はどんな具合なのでしょうか。

たまたま木曜日の17日、吉祥寺に用事があって街を歩いていると、あちこちのリカーショップでイベントを見かけました。いずれも、店舗の一角でこじんまりと試飲会を催しているといった感じで、かつての賑わいは何処へやら。それでもフランスが輸出するボジョレー・ヌーヴォ-の5割強を日本が占めるという構図に変わりはありません。


そもそも、ボジョレー・ヌーヴォ-ブームは、第二次世界大戦後、醸造家ジョルジュ・デュブッフ氏が地酒に過ぎなかったボジョレーワインの魅力を世界に向けて発信したことに始まります。ボジョレー生産者協会の尽力でワインの出荷日も1951年に12月から11月中旬に早まります。ボジョレーの帝王と呼ばれるまでになったジョルジュ・デュブッフ氏は、零細な農家や醸造家を巻き込んで、次第に世界的なイベントへと仕立て上げていきます。日本ではサントリーが後ろ盾になっているようです。

しかし、近年はブームも去って陰りが隠せません。飽きっぽい日本人の常でしょうか。ガメイ種を房ごと発酵槽に放り込んで、マセラシオン・カルボニックという醸造法で造られ、収穫後わずか数十日で出荷されるというボジョレー・ヌーヴォ-は、フルーティーで飲み易いのが特徴です。ただ、深い味わいやアロマとは縁遠く、自分はボジョレー・ヌーヴォ-をこれまで一度も買ったことがありません。

今回は、散々店頭で試飲した上に、試飲会も閑散としていて熱心なソムリエさんが可哀想になって少しお値段高めの1本を買って差し上げました。ソムリエさん曰く、解禁日から1週間で売り切らないと在庫になってしまうのだとか・・・その17日、我が家の食卓を飾ったもうひとつの新酒は「2016年甲州にごり」、タンク内の濁った上澄み部分を無濾過で瓶詰めした期間限定・数量限定の一品でした。ボージョレー地区ならぬ酒折地区から届いた日本のヌーヴォーの方が断然美味い、そう呟いた解禁日の夜でした。