<ザイム真理教>がもたらした「失われた30年」

判然としないタイトルに惹かれて、森永卓郎氏の近著『ザイム真理教』に手を伸ばしました。副題には信者8000万人の巨大カルトとあります。経済アナリストのはずの森永氏がいつから畑違いの宗教にまで守備範囲を広げたのかと一瞬戸惑いましたが、すぐに「財務省」のことだと悟りました。出版社は、馴染みの薄い三五館シンシャです。著者曰く、大手出版社数社に原稿を持ち込んだものの、悉く断られ、この出版社だけが出版を引き受けてくれたそうです。財務省を批判する内容だけに大手は尻込みしたというのが実情のようです。

ザイム真理教

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現・JT、かつての日本専売公社に勤務していた森永氏は大蔵省(現・財務省)の奴隷だったと当時を回想しています。旧大蔵省時代から財務省が通算40年布教を続けてきた結果、教義にあたる「財政均衡主義」はメディアを通じて広く国民に浸透し、<ザイム真理教>の信者は8000万人に達したということです。

まことしやかに財務省が喧伝するのは、緊縮財政や消費増税の必要性です。この5月、NHKは「国債や借入金などを合わせた政府の債務、いわゆる“国の借金”は今年3月末の時点で1270兆円あまりと過去最大を更新し、財政状況は一段と厳しくなっています。」と伝えています。高齢化に伴って膨らみ続ける社会保障費に加え、岸田政権は防衛強化のために大規模な追加財源を求めています。止めは、「国民一人当たりの借金は1000万円超」という決まり文句です。「可愛い子供や孫の世代に厖大な借金を背負わせてはならない」と財務省が主張すれば、国家財政の仕組みなど露程も知らない大多数の国民は増税やむなしと考えてしまいがちです。メディアに登場する財政専門家が口を揃えて財務省の肩をもつのは、彼らが<ザイム真理教>に洗脳されているからなのです。燃料増税(2019)や年金制度改革(2023)を契機に反対デモが激化するフランスと比べると、我が同胞は何と大人しいことでしょう。大多数の国民が信者なのですから、無理もありません。

森永氏はこう主張します。「失われた30年」と呼ばれる日本経済停滞の最大の原因は急激な増税社会保険料アップで手取り収入が減ったからだと。振り返ると、確かに1989年の消費税導入から現行の税率10%まで、「失われた30年」と足並みを揃えるように課税強化が行われていたことが分かります。

日銀は、財政法5条で禁じられている国債直接引受けに等しい買いオペを通じて行う所謂「財政ファイナンス」を拡大してきました。出口はまったく見えません。森永氏は、日銀が受け取る国債利子は結局国庫納付金として国に還流されるので、無利子で政府は幾らでも資金調達できると説明します。返済不能に見える1270兆円の借金も、最大の米国債保有国・日本の足元残高1兆870億ドルなど流動性を有する資産額を勘案すれば、更なる増税社会保険料アップを急ぐ理由にはならないと森永氏は補足します。「MMT(現代貨幣理論)」に支えられてきた「財政ファイナンス」の綻び即ち法定通貨に対する信認低下の方が心配です。財政にフリーランチはないのです。

財務省の唱える「財政均衡主義」をひたすら盲信することは危険だとする森永氏の主張に説得力を感じます。増税ムードが高まるなか、長い物に巻かれまいと国民ひとりひとりが増税の根拠を真剣に考える時期を迎えています。