徴税強化を狙った<インボイス制度>をめぐる大混乱

「脱サラ」という言葉を耳にしなくなって久しい気がします。「脱サラ」が死語になったのは、雇用の流動化が進んだからです。終身雇用が前提だった昭和世代にとって、「定年まで勤めあげる」のが当たり前でした。従って「脱サラ」という言葉には常にマイナスのイメージが付き纏っていたように思います。「脱サラ」するのは40代以上の中高年であるというイメージも先行します。たとえ本人の強い意志であったにせよ、客観的に見れば、定年前に会社を辞めることは敷かれたレールから零れ落ちるような印象を受けたものです。

今日、「転職」や「起業」が示唆するポジティブなイメージとは好対照です。バラ色の将来を夢見て「起業」した人々を目下悩ませているのが、10月からスタートする<インボイス制度>です。20年ほど前に起業した自分もこの1ヵ月余り、事業者登録の可否について、ずいぶん考えさせられました。英語で単に請求書を意味するだけの「インボイス(適格請求書)」がスタートアップ段階の起業家たちを未曽有の混乱に陥れているのです。

そもそも<インボイス制度>とは、どんな制度であり、一体誰のためにあるのでしょうか。ひと口で云うと、<インボイス制度>とは「仕入税額控除」を受けるための新制度です。制式名称は「適格請求書等保存方式」といいます。社長歴の長い経営者でも経営全般を税理士任せにしていると「仕入税額控除」の段階で思考停止しかねません。概念を補足すれば、事業者への消費税の二重課税を解消するために「課税売上」に係る消費税から「仕入」に係る消費税を控除して計算する仕組みということになります。

巷間、電子データで請求書の保管ができるとか、消費税額を適切に計算できるとかメリットが強調されていますが、それは会計税務システムの整った大企業に云えることで、大多数の中小・零細企業にとっては煩わしいことばかりです。財務省経産省が狙っているのは、これまで合法的に納税されず免税事業者の手元に残った「益税」をあぶりだすことにあるのです。<インボイス制度>は謂わば税率を変更しないで巧妙に徴税強化を狙った企てと言っていいでしょう。

多大な影響を被るそうなのはフリーランスなどの個人事業主で年商10百万以下の免税事業者です。本年10月以降も免税事業者を継続することは可能ですが、「インボイス(適格請求書)」を発行することはできません。取引先(商品やサービスの納入先)は「インボイス(適格請求書)」を受け取れないと「仕入税額控除」が受けられないので、取引を減らしたり解消に動く可能性が大です。現に東京商工リサーチの調査(1287社)では、「インボイス」登録をしない免税事業者との取引はしないと回答した割合が7.2%に達しています。取引価格を引き下げると回答したのは4.6%だそうです。

免税事業者からの仕入れについては、2023年10月~2026年9月まで消費税相当分の80%。以降2029年9月まで60%について、「インボイス(適格請求書)」なしで「仕入税額控除」が可能となります。長期的には、消費税引き上げへの布石だと思えてなりません。