死角だらけの「ジョブ型採用」

8月12日付け日経朝刊一面トップのヘッドラインです。

●「インターン実践型に転換 新卒採用ミスマッチ回避」
●「日立ジョブ型で440体験」「三井化学 人事の課題改善」

最近、企業では盛んに「ジョブ型雇用」が叫ばれています。手短かに定義すると、職務内容が明確化された雇用が「ジョブ型雇用」であり、大学・大学院の専攻や資格を重視した雇用形態のことです。一方、雇用時に職務内容を明確に規定せず、社内でローテーションをさせながら本人の適性や身に着けたスキルを基に柔軟に人材配置を行うやり方が「メンバーシップ雇用」です。従来からある「総合職採用」がこれに該当します。

80年代に都市銀行に入行した同期のひとり(商学部出身)H君が初任地の支店勤務から突然システム開発部(シス開)へ異動を命じられました。翌年は同期の半数近くがシス開要員に充てられたと記憶しています。融資をはじめ銀行の中核業務からほど遠い職務を命じられた新人行員はさぞ不満だったことでしょう。憤懣やる方ないH君は人事部に直訴し、後年、念願の海外勤務を叶えました。

バブル崩壊で経済低迷に喘いだ所謂「失われた30年」の一因は、こうしたミスマッチ採用(異動)や「総合職」という名のジェネラリスト養成過程にあるのではないでしょうか。かつて官僚や大企業の役員の多くは法学部出身でした。法学部が「つぶしが利く」と言われたのは過去の話で、今や一部の法曹志望者を除けば敬遠されがちだと言われています。法学部の教員が力説するリーガルマインドのような抽象的で頼りないマインドセットで厳しい競争社会を生き抜くことなど到底不可能だからです。

自分が経営者なら学生時代に実践的なスキルを身につけた学生を真っ先に採用したいところです。しかし、そんな学生は一握りに過ぎないのです。日本の大学教育のレベルは旧態依然で入学してしまえば、医学部や薬学部など一部の学部を除いて、大した勉強をしなくても卒業はいとも容易いことです。運転免許証以外に履歴書に記載する価値のある国家資格やスキルを有している学生は極めて少数派だと言えます。

以前、当ブログで言及した株式会社経営共創基盤会長・冨山和彦氏の言葉を再度紹介しておきます。

サミュエルソンの経済学ではなく簿記会計を、シェークスピアより観光業で必要な英語こそ学べ」

総じて、大学4年間に費やした学習時間の総和は高校時代の3年間を遥かに下回っているような気がします。従って、「ジョブ型雇用」は、中途採用には妥当しても、新卒採用に関してはそもそも「ないものねだり」に過ぎないのです。かくいう自分は20代後半で外資系金融に転じてプロダクト・スペシャリストの道を選択しました。転職時に履歴書と共にジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を求められたときはさすがに面喰らいました。けれども、その後のキャリアパスへと繋がる基盤は間違いなくオン・ザ・ジョブ・トレーニングを含めて都市銀行で働いた5年間で培われたものです。日本企業におけるインハウス・トレーニングのレベルは決して低くはありません。日本の大学教育が頼りないからこそ、企業の質の高い人材養成システムが時間をかけて新卒者を一人前のプロフェッショナルに育て上げていくのです。新人の3年間の給与は会社の持ち出しだと言われる所以です。

これまでの日本的雇用システムをバッサリ全部否定するのではなく「ジョブ型雇用」の利点を活かした「ロール型雇用」(role=役割)こそ、日本の企業風土に適合した雇用形態だと思うのです。給与体系も役職ではなく役割に応じて見直すことで、若い世代にワーキング・インセンティブを与えることに繋がるのではないでしょうか。