クレディ・スイス・ショック | AT1債無価値(全損)の衝撃

2022年2月、露・ウクライナ戦争が勃発し金融市場は大混乱に陥りました。両国の紛争が1年以上継続するなか、今年3月9日には米シリコンバレーバンク(SVB)が経営破綻。3年を経てようやくコロナ禍収束の気配が見えてきた最中に新たな火種かと思いきや、瞬く間に全米に飛び火し、欧州ではG-SIBs(30行)の一角クレディ・スイスグループ(CS)の経営不安が表面化。目下、金融市場は2008年のリーマンショックに匹敵する大パニックに陥っています。フランクフルト市場では、昨夜ドイツ銀行の株価が一時15%も下落しました。今週明けに受渡日を迎えたゆうちょ銀行POや月末に予定されている住信SBI銀行のIPOはとんだとばっちりを受けた格好です。

かつて勤務したことのある古巣UBSがCSを30億SFr(邦貨換算4300億円)で救済合併することが決まり、市場は沈静化するかに見えましたが、パンドラの箱を開けたに等しいとんでもない破綻処理が待ち受けていました。

というのは、CSが発行したAT1債(Additional Tier 1債)と呼ばれる株式に限りなく近い債券が無価値になったと報じられたからです。リーマンショックを教訓に、金融機関の資本増強のために開発された偶発転換社債(contingent convertible bonds:CoCo債)と呼ばれる金融ハイブリッド債の異名がAT1債です。

UBSの買収と共に、スイス連邦金融市場監督機構(FINMA)がCSのAT1債が無価値になると発表したため、収まらない投資家が一斉に反発したのです。無価値(全損”bail-in”)になるCSのAT1債の発行残高は驚く勿れ160億SFr(邦貨換算2.26兆円)にのぼります。スイス政府がCSを存続不能(non-viable)と判断したことがイベント条項に抵触したためです。AT1債のbail-inは過去に1度だけ。損失額が巨額なこともあり、多数の投資家が訴訟提起を検討しているそうです。因みに資産内容を精査せずにUBSとCSの資産を単純加算すると、人口900万人足らずのスイスのGDPの2倍(8000億SFr)を上回る計算です。長年のマネロン疑惑から地盤沈下の続くスイス金融界は最大の試練を迎えています。

英米法にはラテン語由来の”caveat emptor”=「買主をして注意せしめよ」という術語があります。購入対象が何であれ、商品やサービスを購入するときはよくよく注意をしなさいという意味です。AT1債の投資家はプロの機関投資家ですから、高利回りと引き換えにリスクテイクした以上、この期に及んで言い訳は見苦しいという他ありません。それにしても、株主より先に全損宣告されたAT1投資家は腸が煮えくり返る思いでしょう。

歴史は繰り返します。リーマンショックのときのように、疑心暗鬼になった投資家は次の破綻先はどこかとパニックに陥っており、この種の投資商品に厳しい眼差しを注ぎ警戒し始めることになるでしょう。これまでのようなプライシングでは投資家が満足しないことは明白です。またしても”too big to fail”神話に疑問符が突きつけられた格好です。金融機関が発行するリスクプロファイルの異なる債券を保有する投資家は、個人投資家を含め、今一度総点検を迫られています。