スイス氷河危うし

チューリッヒに駐在していた30代前半、真冬に、グリンデルワルトを拠点にユングフラウヨッホ鉄道に乗車し、標高3454mに位置するユングフラウヨッホ駅を訪れたことがあります。この地下駅は、エレベーターでスフィンクステラスと呼ばれる展望台と直結していて、展望台からはスイスアルプス最大・最長のアレッチ氷河世界遺産)をはじめ、ベルナーアルプスに代表されるスイス山岳景観を一望できます。

もう一度、コロナ禍が収束したら山岳鉄道を利用したスイスアルプスの旅をしたいと思っていたら、こんな新聞記事の見出しが目に飛び込んできました。

<スイス氷河 最大の消失率 今年6%減 厚み平均3メートル減る>(9月30日付け日経)

スイス科学アカデミーによれば、氷河の前年比消失率が2%以上になると「非常事態」と看做されるそうです。21~22年の冬場の降雪量が複数の地点で1959年の観測開始以来最低を記録、さらに今夏の猛暑で約3万立方メートルの氷が解けて、かかる非常事態が生じたのです。氷河融解は世界規模で進んでいて、今世紀末までに世界の氷河は最大47%減少すると警鐘が鳴らされています(「国連の気候変動に関する政府間パネルIPCC)」)。

グリンデルワルトのロッジに宿泊した当時、夜、知り合ったばかりの宿泊者グループに合流して氷河の氷を採取しに出掛けた記憶があります。ホテルに戻ってオンザロックで飲んだウィスキーは格別でした。閉じ込められた空気が雪の重みで圧縮されたせいで、氷が溶けるにつれて気泡がパチパチと音を立てるのです。 氷河の氷・オンザロックが飲めなくなる・・・そんな悠長な話をしている場合ではありません。

気候変動の影響は実に深刻です。年々、紅葉の時期が遅くなっているのは周知の現実です。日本にかぎった異常現象ではありません。紅葉が遅れる最大の原因は、朝晩の冷え込みが弱くなっているからです。観光スポットのパンフレットやガイドブックには決まって鮮やかな紅葉に彩られた写真が掲載されていますが、近年、そんな光景に遭遇できるチャンスが激減しているように感じます。迫力不足というより、中途半端な紅葉でお終いになっている気がします。遅れているだけならまだしも、将来、紅葉が見られなくなる可能性が大なのです。先週、訪れたばかりの千畳敷カールは氷河の侵食作用によって形成された半椀状の地形です。地元のガイドさん曰く、「今年の千畳敷カールの紅葉は色づきが悪くこれで打ち止めかも」と。氷河の痕跡を見ながら、地球環境が直面する問題に個人としてどう対処していくべきか、深く考えさせられました。