「観天望気」の心得 ~『すごすぎる天気の図鑑』はぜひとも読んでおきたい良書 ~

琵琶湖疎水のトンネル出入口に設置されている扁額には、明治の元勲ら先人の揮毫で疎水完成を讃える含蓄深い言葉が刻まれています。そのひとつ、第1トンネルに掲げられた扁額に揮毫したのは初代内閣総理大臣伊藤博文です。千変万化する風光は素晴らしいという意味の「気象萬千(きしょうばんせん)」と記されています。

最近、『もっとすごすぎる天気の図鑑』が刊行されました。去年話題になった『すごすぎる天気の図鑑』の続篇にあたります。著者・荒木健太郎さんは気象庁気象研究所に勤務する現役の研究官です。災害をもたらす雲のしくみを研究されているそうです。前篇あとがきで「気象萬千」に通じる「観天望気」、一歩進めて「感天望気」について言及されています。「夕焼けの次の日は晴れ」、「ツバメが低く飛ぶと雨が降る」という言い伝えがあるように、古来より、人々は自然現象や生き物の行動の様子などから天気の変化を予測してきました。こうした経験則を迷信・俗説の類いだと切り捨てるのは間違っています。寧ろ、私たちは空の様子や雲の動きを仔細に観察することで、天気の変化を相当な確度で予測してきたと考えるべきです。

『天気の図鑑』という名称から、子供向けの本だと早合点してはいけません。中身は頗る専門的で、大人が読んでも目から鱗の内容満載です。週末や夏休みを直前に控え、お天気を心配しない人は皆無でしょう。ところが、本書を読むと、天気予報が伝える内容を大多数の人が誤解していることに気づかされます。例えば、降水確率100%と聞くと大雨を想像しがちですが、「降水量1mm以上の雨か雪が降る確率」を示しているに過ぎません。大気の状態が不安定なら降水確率30%でも土砂降りの雨になる可能性があり、逆に降水確率100%であっても小雨で済む可能性があるということです。天気予報が外れたと感じるのは、往々にして、私たちが正しく天気予報を理解していないせいなのです。

もうひとつ本書から引用しておきましょう。台風が発生すると、「予報円」と呼ばれる台風の中心を示す円が次第に大きくなる天気図をよく目にします。「台風の予報円の大きさは、台風の大きさではない」と荒木さんは解説します。「予報円」は台風の中心がある確率が70%の円を示したもので、「予報円」が大きい場合は台風の進路予報は変わりやすく、逆に「予報円」が小さいほど、高い確率でその進路を進むと判断すべきなのです。

天気予報があれば「観天望気」は不要だと考えるのは早計です。現代の技術を以てしても、「積乱雲(雷雲)」の正確な予測は難しいのだそうです。従って、雲を見て天気の急変を予想するのは実は理に叶ったアプローチなのです。成長中の「雄大積雲」の頭に雲(頭巾雲)が見えれば、「積乱雲」に発達する可能性があります。青空に「かなとこ雲」が見えたら、その先で「積乱雲」が発生している可能性が高いと荒木さんは言います。新海誠監督の『天気の子』に様々な雲が登場しましたが、なかでも、上面が平らで金床に見える「かなとこ雲」(写真下)はとても印象的な雲形でした。十種雲形こそ理解していましたが、種、変種、副変種を加えると、雲の種類が100種類以上になることを本書を読んで初めて知りました。

本書は、地球温暖化がもたらす豪雨や猛暑について、データに基づいて警鐘を鳴らしています。東京に接近する台風の数はこの20年で1.5倍になったそうです。こうした自然災害への備えはこれからますます重要視されることでしょう。

GWに立山黒部アルペンルートを訪れたとき、断崖に聳え立つ大観峰で「彩雲」を目撃しました。「あっ、虹だ」とそこかしこから歓声が上がりましたが、正しくは虹ではなく「彩雲」でした。吉兆の表れで「瑞雲」とも呼ばれ、雲のなかでも特に美しいものです。東京に暮らしていると、めったに空を見上げることがありません。下の写真は、数日前に近所で撮影した「雄大積雲」です。さらに発達すれば雷を伴う「積乱雲」になります。「観天望気」を心掛ければ、自然災害から身を守れるだけでなく、日常生活が目に見えて豊かになるはずです。そして、都会を離れたとき、山野で見る景色にひときわ愛着が増すように思うのです。