スーパー歌舞伎『新・三国志 関羽篇』が歌舞伎座初上陸

歌舞伎座に「スーパー歌舞伎」が満を持してやって来ました。1986年に三代目猿之助さんが作家・梅原猛さんとタッグを組んで始めた「スーパー歌舞伎」は、今や、古典歌舞伎の名作を凌ぐ人気演目になっています。2015年、創始者二代目猿翁(三代目猿之助)からバトンを受け継いだ四代目猿之助さんが「スーパー歌舞伎II(セカンド)」を標榜、人気コミック『ONE PIECE』を舞台化して大評判となりました。コアな歌舞伎ファンにとどまらず、歌舞伎を知らない若いコミック世代までも虜にしました。以来、東京では「スーパー歌舞伎II」が披露されるのは専ら新橋演舞場でした。

特筆すべきは「スーパー歌舞伎II」がついに歌舞伎座上陸を果たしたことです。令和4年三月大歌舞伎のチラシに「スーパー歌舞伎」の断り書きこそありませんが、第一部の演目『新・三国志 関羽篇』は座頭二代目猿翁が過去6回上演してきた「スーパー歌舞伎」の系譜を継承する作品です。古典歌舞伎の牙城・歌舞伎座で「スーパー歌舞伎」が上演されたということは、「スーパー歌舞伎」がもはや際物や異端ではなく時代物や世話物と並ぶれっきとした歌舞伎の一ジャンルとして認知された証だと受け止めています。「スーパー歌舞伎」創始から四半世紀を経て、澤瀉屋の飽くなき挑戦は着実に実を結びつつあります。

三国志という壮大な物語を理解するには、国家統一をめざして魏・呉・蜀が群雄割拠していた後漢三国時代の歴史をある程度知っておく必要があります。『新・三国志 関羽篇』の原作は、元末・明時代の作家羅貫中が著したとされる歴史小説三国志演義』(二代目猿翁は『三国演義』と呼んでいます)で、あくまでフィクションです。小説、コミック、映画、アニメ、ゲーム等々、数々の名作が生まれています。「赤壁の戦い」を描いたジョン・ウー監督の映画『レッド・クリフ (Part I ・Part II)』はその代表格です。

三国志は登場人物の頗る多い群像劇だけに、一定の歴史認識抜きでは状況把握が困難です。ところが、新演出の『新・三国志 関羽篇』では、地図で三国の位置関係を、垂れ幕で主要な登場人物(劉備関羽張飛)を指し示して、三国志に詳しくない観客でもストーリーを呑み込めるよう工夫を凝らしています。後半、舞台で敵味方がめまぐるしく交錯する場面においては、上手の袖で国名と都市名をハイライトして観客を正しく導きます。

蜀の建国に繋がった「桃園の誓い」を中心に物語は展開します。妖艶なライティングで桃の巨木を浮かび上がらせる舞台設定がとりわけ印象的でした。劉備玄徳(市川笑也)が実は女性だったという設定は、ジェンダー・フリーの時代にあって、大多数の観客に違和感なく受け容れられたことでしょう。折しも、現実世界ではロシアがウクライナに武力侵攻に及んでいます。女性の視点に立って、戦争で真っ先に塗炭の苦しみを味わうのは婦女子だという冷徹な事実を観客にこれでもかと突きつけます。

冒頭の語り部・羅昆虫(貫中のパロディ?)&張飛を中車、関羽猿之助が演じます。歌舞伎座初舞台の浅野和之曹操を、團子が関羽の息子関平を好演。知謀に長けた大軍師諸葛孔明は、弘太郎改め幹部に昇進した市川青虎の嵌り役になったと思いました。

けれんたっぷりの舞台、大団円は桜吹雪ならぬ桃の花吹雪が観客席に降り注ぐなか、関羽宙乗りで悠然と舞台をあとにします。