猿翁十種の内『小鍛冶』(2021年四月大歌舞伎)~初役に挑んだ猿之助X中車~

四月大歌舞伎第一部の演目は『小鍛冶』と『勧進帳歌舞伎十八番のうち)』でした。『勧進帳』は言わずと知れた「歌舞伎十八番」、天保年間に七代目市川團十郎(1791-1859)が市川宗家お家芸として選定したものです。『勧進帳』は能『安宅』に材を得て作られたものですが、「歌舞伎十八番」が発表された時点では演目名が決まっていただけで初演は8年後でした。それが今や、安宅の関をもじって「またかの関」と呼ばれるくらい頻繁に上演される超人気演目になっているのです。

一方、『小鍛冶』には「猿翁十種の内」と添え書きがあります。「猿翁十種」は、二代目猿翁が澤瀉屋お家芸として制定したものです。「歌舞伎十八番」に比べると「猿翁十種」の上演機会は圧倒的に少ないので、演目を知悉している方は相当な通に違いありません。自分が初めて観た演目は『黒塚』で2019年4月のことでした。「安達原の鬼婆」伝説をモチーフにした舞踊劇で、当代猿之助さんの妖艶な舞踊は今も強く印象に残っています。

そして、今回、猿之助さんと中車さんが共に初役で挑んだ演目が『小鍛冶』です。24年ぶりの上演だそうです。平安時代に実在した名刀匠が銘刀「小狐丸」を打ったという伝説が基になっています。猿之助さんは童子実は稲荷明神(歌舞伎座右手にもお稲荷さんが鎮座しています)という二役を演じ、勅命で御剣を献上することになった三條小鍛冶宗近を中車さんが演じます。「相槌を打つ」という言葉の語源は、刀匠と向こう槌(「むこうづち」は一番腕が立つ弟子が務めます)が折り返し鋼を鍛錬する作業に由来します。文字通り、相槌を打つが如、宗近演じる中車さんと向こう槌を務める稲荷明神(猿之助)の息の合った軽快でリズミカルな鍛冶風景が『小鍛冶』の見どころのひとつです。テレビドラマで見せる余裕たっぷりの表情とは凡そ対照的に、終始、神妙な面持ちで初役に挑んだ中車さんも好演でした。相当な覚悟で梨園入りした中車さんの9年間の精進が凝縮された舞台だったと思います。

50分足らずの演目ながら、舞台は都合三転。バックは全山紅葉に染まる秋の風景、手前の積み藁から突如猿之助さん演じる童子が現れ、舞台狭しと跳び撥ねやがて下手へ消えていきます。狐のオブジェを冠した稲荷明神の隈取はどこかユーモラスで、役柄からか、随所に猿之助さんらしいサービス精神が横溢していました。『小鍛冶』は、澤瀉屋の自由闊達な芸風が余すところなく表現された名作だと思いました。

円熟期を迎えつつある猿之助さんと従兄にあたる中車さんの今後の活躍に目が離せません。