猿之助丈が舞台から消えて1ヵ月|2023年6月大歌舞伎・昼の部

猿之助丈が救急搬送されたのは先月18日の午前中。それから丁度1ヵ月目の昨日、歌舞伎座(昼の部)に足を運びました。お目当ては近松門左衛門作『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)』、初めて観る演目です(写真は松竹提供)。53年ぶりの上演(後半)だそうです。三代猿之助四十八撰のひとつですから澤瀉屋さんのお家芸そのものです。口惜しいことに、主役・浮世又平の女房を演ずるはずだった四代目猿之助の姿はありません。代役は壱太郎。中車が演じるのは、抜群の画才を有しながら吃音のせいで上手く立ち回れずに弟弟子が先に免許皆伝を果たし、世を儚んで死を決意するという難しい役柄です。前半の<土佐将監閑居>は、台詞の空白時間がそこそこあって、正直もどかしく思う場面が少なくありませんでした。朝日新聞で劇評を担当する児玉竜一早大教授は<市川中車の又平は柄にあっているが、体に音楽的な蓄積がないので、義太夫物特有の粘りや感情のうねりがうすい>とバッサリです。大役を任された中車にしてみれば、千穐楽まで舞台を勤め上げることが出来れば御の字のはず。澤瀉屋の若きリーダーにしてパイオニア・四代目不在のなか、もう少し温かい眼差しで舞台を観てあげれば良いのに思います。後半の<浮世又平住家>は、大津絵から次々と人物が抜け出す演出が新鮮でした。登場人物がズラリ揃う幕切れも文句なし。来月の七月大歌舞伎は澤瀉屋さんを応援するつもりで三代猿之助四十八撰の内『菊宴月白浪』を一等席で観劇する予定です。

ふたつ目の演目、『児雷也』(河竹黙阿弥作)は児雷也の蝦蟇の愛くるしい動きにすっかり目を奪われ、肝心のストーリーが頭に入ってきませんでした。写真は着ぐるみのなかにいる坂東彌紋のTwitterから拝借しました。

猿之助丈は大の贔屓役者だっただけに<猿之助ロス>から立ち直れずにいます。心から舞台復帰を願いつつ、しばらくは、スーパーバイザーや演出家・脚本家の立場で後進の育成に努めて欲しいと思っています。中車には失礼を承知で、『傾城反魂香』の上演中に四代目なら又平をどう演じたろうかと何度も考えました。一方で、先の児玉教授は壱太郎演じる又平女房を絶賛しています。同感です。滑舌巧みにテキパキと又平に尽くす役柄を見事に演じ切りました。上方の流れを引く女形として目が離せない存在だと感じます。壱太郎を含め、最後の『扇獅子』で若手女形5人が披露した華やかな毛振りに会場から万雷の拍手が送られました。