初春海老蔵歌舞伎と初「にらみ」

新橋演舞場前で不意に「歌舞伎座かわら版」が配られ、2020年の海老蔵丈と勸玄君の襲名披露を知ったのは一昨年の1月14日のことでした。コロナ禍さえなければ、去年の5月から3ヶ月にわたって十三代目市川團十郎白猿襲名公演並びに八代目市川新之助初舞台が披露されるはずだったのです。襲名公演は無期延期となり1年以上かけた準備が報われずに終わってしまいました。歌舞伎ファンにとってこれほどの痛恨事はありません。

新年を迎え、待ちになった<海老蔵歌舞伎>と銘打った初の公演、7日の緊急事態宣言再発出で「すわ、休演か!?」かと一瞬肝を冷やしました。翌8日にプラチナチケットが手配してあったからです。当日、公演は予定どおり開催され、胸を撫で下ろしました。

初春芝居の幕開けは「春調娘七草(はるのしらべむすめななくさ)」、お正月恒例の曽我狂言に七草行事を織り込んだ長唄舞踊でした。右團次演じる勇壮な曽我五郎と柔和な十郎(壱太郎)の間に、割って入った児太郎演じる静御前が七草を摘むという長閑な光景は、お正月にぴったりの演目です。やがて、静御前が国土安隠の願いを込めてすりこぎで七草を叩き始めると、その拍子に合わせて曽我兄弟がリズミカルに鼓を打ち始めます。仇討ちに逸る二人を静御前が押し留め、三人が見得を切って終幕となります。

短い幕間を挟んで、メインメニューは歌舞伎十八番の内『毛抜』。初演は寛保年間に遡りながら、明治期に復活させたのは二世左團次だそうです。小野小町の末裔小野家では御家騒動にさえ発展しかねない奇怪な騒ぎが起こります。その渦中に登場する文屋豊秀の使者が主人公の粂寺弾正(くめでらだんじょう)、演じるは海老蔵丈です。趣向に富んだ歌舞伎版ミステリーと言っていいでしょう。給仕や腰元相手を口説いては断れる失態をユーモラスに演じながら、粂寺弾正は豊秀と錦の前の破談を目論む悪事を見逃しません。クライマックスは!正体見抜いたりとばかり槍を小脇に抱え天井を見上げる「元禄見得」。

『毛抜』では5つの見得が披露されます。毛抜や刀の小柄が踊る場面で、海老蔵丈は両目を大きく見開いて、片方の目だけを寄り目にしていく「にらみ」を披露。成田屋の「神性」を象徴するというこの「にらみ」には、邪気払いや厄落としのご利益があるとされています。これで此の一年の無病息災(というよりコロナ退治)が保証されたようなものです。浮世絵のモチーフにもなったこの「にらみ」、写真は九代目市川團十郎演じる平知盛(豊原国周筆)です。

最後の演目は、麗禾(市川ぼたんを襲名)さんと勸玄君が登場するという極めつきの<お年玉>。四代目市川ぼたんさんの艶やかな踊り「藤娘」、美しい藤棚と五葉松の大木を背景にたったひとりでたおやかに演じ切りました。すると、あっという間に舞台は五條橋に。演目は、勸玄君演じる牛若丸と武蔵坊弁慶(海老蔵)の出会いを描いた『橋弁慶』。勇猛な弁慶の立ち廻りを軽やかにかわし、宙を舞って弁慶をねじ伏せる牛若丸役の勸玄君に万雷の拍手が届けられました。五條橋の先には、<布団着て寝たる姿や東山>の如、東山の峰々が広がっていました。

<男子、三日会わざれば刮目して見よ>

三国志演義』に由来する故事のとおり、海老蔵親子は見違えるほど進化成長していたのでした。未来の『勧進帳』に繋がる『橋弁慶』の主従の契りに目頭が熱くなりました。