2022年團菊祭|海老蔵人気に翳りなし

海老蔵丈の歌舞伎座出演は10ヶ月ぶり。前回は昨年7月の『雷神不動北山櫻』でしたから、市川宗家らしからぬ歌舞伎座離れだったわけです。最近は本業以外のプライベートで耳を塞ぎたくなるような醜聞が伝えられ、挙句の果ては松竹との不仲も噂される始末。十三代團十郎白猿襲名が延び延びになっているだけに、歌舞伎ファンは心中穏やかではなかったはずです。

5月20日、團菊祭第二部『暫』と音羽屋さん&萬屋さん共に三代揃い踏みの『土蜘』を鑑賞しました。これだけ役者が揃えば当然チケットは完売、久しぶりに満席で賑わう歌舞伎座を見ました。松竹も胸を撫で下ろしたことでしょう。といっても、依然、4階幕見席は封印されたままですし、密を避けるために客席は2:1の割合で空席を設けています。チケットを入手できなかったファンが気の毒でなりません。

市川宗家お家芸にして「歌舞伎十八番」・『暫』の舞台は、鎌倉・鶴岡八幡宮の社頭。お家再興を願う加茂次郎(錦之助)とその許嫁桂の前(児太郎)に言い掛かりをつけ、本来帝が身に纏う金冠白衣姿で傲然と構えるのが中納言清原武衡(左團次)です。そこへ、「しばらーく」の大音声と共に登場するのがスーパーヒーロー鎌倉権五郎景政(海老蔵)です。幸運にも着席したのは花道寄りの前列三列目、真横がちょうど花道七三でした。花道に悠然と立ってツラネを捲し立てる海老蔵丞が手の届く距離にあって、息遣いまで聞こえてきます。至福の時間でした。その間、「久方ぶりの歌舞伎座」「オリンピックの開会式より1年ぶりのこの拵え」などなどアドリブを交え大いに観客を沸かせてくれました。

こうなると海老蔵丈の独壇場です。「荒事は童子の心を以て演ずべし」とされます。『暫』の鎌倉権五郎はまさに純粋無垢で溌剌とした少年の役。悪人たちが権五郎を「童(わっぱ)」と呼べば、権五郎は「ぽっぽ(懐)」「てえてえ(手)」「い〜や〜だ〜」という具合にあどけない言葉遣いで応じます。生来のやんちゃな気質が役に嵌り、観客は完全に海老蔵丈の虜です。

大きな三枡をあしらった柿色の素襖、角前髪(すみまえがみ)つき五本車鬢(ごほんくるまびん)、2メートルもの大太刀、総衣装の重量は60kgに達します。ジムで鍛え上げた筋肉質のボディが自慢の海老蔵丈ですから、動きは軽快で幕尻は向かってくる仕丁らを大太刀一振りで仕留め、威風堂々、六方を踏んで花道を退きます。

脇では、又五郎さんと孝太郎さんが好演でした。歌舞伎座で『暫』が上演されるのは4年ぶりのこと。海老蔵丈の舞台はいつ見ても華があります。世評に惑わされず歌舞伎界のプリンス海老蔵丈には芸道を突き進んで欲しい、それが襲名披露興行を待ちわびる歌舞伎ファンの本音ではないでしょうか。