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6月23日は沖縄「慰霊の日」

今日、6月23日は沖縄「慰霊の日」(1965年に沖縄県が制定した記念日)です。沖縄ではこの日はお役所も学校もお休みになります。上皇陛下は、「終戦記念日」、「広島原爆の日」、「長崎原爆の日」とともに「後に忘れてはならない4つの日」だと表明されています。テレビで平和祈念公園における追悼式の様子を見ると、雨天でご遺族の方は傘をさしての参列でした。沖縄タイムスとヤフーの共同アンケート(回答者2000人)によれば、この「慰霊の日」を知っていたのは全国でわずか25%。4人に3人は知らなかったということです。戦後日本の復興再建が、本土防衛のために持久戦を強いられた沖縄県民十数万人の犠牲の上にあるのみならず、現在も駐留米軍専用施設の約7割が国土面積の約0.6%の沖縄に集中していることで成し遂げられたことを、日本人は決して忘れてはなりません。

なぜ、「慰霊の日」が6月23日と定められたのでしょうか。太平洋戦争末期、苛烈を極めた沖縄戦は1945年3月26日に始まり、旧日本軍の組織的戦闘が終了したのが6月23日とされているからです。1945年6月23日午前4時頃(6月20日、6月22日と異説もあるようですが)、沖縄守備軍最高司令官牛島満中将と参謀長長勇少将が摩文仁の軍司令部洞窟で自決したため、これにより沖縄守備軍の指揮系統は完全に消滅し組織的戦闘が終了したのです。それ以後、残存日本兵の掃討作戦が始まり、組織的抵抗のできなくなった日本兵はなお戦い多数の命が喪われました。

沖縄戦は、沖縄県民を巻き込んでの<火と鉄の暴風>による虐殺に等しかったと言われます。特に、首里陣地から撤退を開始した5月最終週からの20数日間はもはや組織だった戦闘ではなかったと故半藤一利は『指揮官と参謀』(文春文庫)のなかで述べておられます。

長引くコロナ禍の影響で、来館者が2020年度前年比86%も減少した糸満市の<ひめゆり平和祈念史料館>は6月6日、Twitterで経営危機を訴えたところ、ツィートが瞬く間に拡散し3000万円を超える寄付が集まったそうです。那覇市の<対馬丸記念館>(注)も8割以上、来館者が激減しています。戦争を語り継ぐこうした施設が経営危機に陥っていることに強い危機感を感じています。沖縄戦から76年、百聞は一見に如かずです。コロナ禍が終息したら、修学旅行や体験学習でなるべく大勢の小中学生に現地を訪れて欲しいものです。

(注)対馬丸記念館:1944年8月、アメリカ軍の魚雷攻撃で沈没し、775人の子供たちも犠牲となった学童疎開船「対馬丸」の悲劇を伝えようと遺族らの手で建てられた施設のこと。