向田邦子没後40年特別イベント「いま、風が吹いている」最終日@青山・スパイラル

2021年は、向田邦子さんが旅行先台湾で航空機事故に遭い急逝されてから40年目にあたります。たまたま、武蔵野プレイスから借りてきた『名文探偵、向田邦子の謎を解く』(2011年・いそっぷ社刊)を読んでいる最中にそのことに気がつきました。ちなみに、著者は『寺内貫太郎一家』や『岸辺のアルバム』などを手掛けた元TBSプロデューサーの鴨下信一さんです。

向田邦子さんは、直木賞受賞以来、幾度も作品を読み返したくような特別な存在なのです。愛読者であれば誰しも、51歳の若さで世を去ってからもう40年も経つのかと感慨に浸るのではないでしょうか。また、彼女のライフスタイルに憧憬を抱く女性は令和の今も少なくないはずです。現に会場は若い女性ばかりでした。

没後40年特別イベント(会期:1/14~1/24)が開催中だと直前に知って、最終日に慌てて会場へ飛び込みました。会場の複合文化施設「スパイラル」は、向田邦子さんの自宅マンション(1970年竣工の南青山第一マンションズ)からわずか300歩しか離れていません。向田さんの生活圏でこんな素敵なイベントを企画してくれた主催者テレビマンユニオンさんに感謝です。

最終日、雨天にもかかわらず大勢の人が詰めかけていました。旅の好きだった向田さんが海外で撮影した写真、愛用品、生原稿、衣装など、約300点もの資料が展示されていました。多目的ホール手前で流れる『徹子の部屋』(向田邦子VS黒柳徹子)の放送日は1980年11月10日、プライベートでも仲良しだったふたりの楽し気な会話はいつまでも続くように感じられました。

一番印象に残った展示は、上部が大胆に破られた「眠る机」の原稿です。宿泊先のパリから原稿を郵送しようとしたら、原稿用紙が大きすぎて封筒に収まらず、向田さんはやむなく余白を破り捨てます。便箋に書き添えられた<天地創造>の四文字が奮っているではありませんか。愛用の万年筆が何本も展示されていました。文筆家ですから当然ですが、ご本人は使い込んだ丸いペン先を好むため、気に入った万年筆を見つけると、持主を泣き落としにかかり貰い受けるのだそうです。茶目っ気たっぷりの向田さんを彷彿させるエピソードです。

一番奥の吹き抜け空間には「風の塔」と呼ばれるインスタレーションが設置され、小泉今日子さんの声にのって、細長い紙が次々と舞い降りてきます。傍らに向田さんが好きだったという黄色い薔薇の花束が手向けてありました。紙片には向田作品から選りすぐりの言葉が刻まれています。受け取った一枚にはこうありました。

<にっこりと優雅に笑いながらしかし、決して老いにつけ込まれず、老いに席をゆずろうとしないのです>(「若々しい女について」『男どき女どき』)

亡くなって40年も経つのに決して古びない瑞々しい言葉です。どんなにくたびれていようともシルバーシートに腰を下ろすような人に、だらしない恰好で街を歩く人になりたくはないと自らを戒めているのです。『男どき女どき』には、こんな珠玉の言葉もあります。

<「独りを慎む」~中略~誰が見ていなくても。独りでいても、慎むべきものは慎まなくてはいけないのです。ああ、あんなことを言ってしまった。してしまった。誰も見ていなかった、誰もが気づきはしなかったけれど、何と恥しいことをしたのか。闇の中でひとり顔を赤らめる気持ちを失くしたら、どんなにいいドレスを着て教養があっても、人間としては失格でしょう。>

向田邦子さんが紡いだ言葉は、今も世代を超えて人々の心に深く響きます。時に強く吹きつける風のように、それでいて軽やかで爽やかで、どこか潔い。

男どき女どき (新潮文庫)

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