朝日新聞夕刊に連載中の「三谷幸喜のありふれた生活 (#995)」(2020/6/11)を読んで、三谷幸喜さんを幾度も唸らせたという向田邦子さんについて触れてみたくなりました。当代きっての喜劇作家が向田邦子さんを絶賛するとは意外な感じもしますが、連載エッセイで度々向田さんを取り上げているのです。向田作品のDVDは、三谷さんにとってバイブルの如き存在なのだそうです。
以前、同エッセイで「特別な大先輩、向田さん」と題して、向田脚本の特徴をこう指摘しています。
<<「阿修羅のごとく」で向田さんは、辛辣なまでに人間の二面性をあぶり出す。一見平穏に見える家族たちが、裏ではかなりどろどろの駆け引きを展開する。何が凄いかって、僕レベルの脚本家は、それぞれのキャラクターの個性を表す時に、どうしても台詞に頼ってしまう。その人がどんな喋り方をするかで、個性を出そうとする。よく喋る人、無口な人、まわりくどい言い回しを好む人、等々。実際は、そこまで単純ではないのだけれど、まあ、そんな感じ。だからどうしても台詞が多くなる。向田さんは違う。台詞量はむしろ少ない。その代わり、行動でキャラを表現する。>>
今回のサブタイトルは「向田さんはやはり凄い」。「冬の運動会」(1977年) 全十話を一気に観たという三谷さんは、鮮やかに分析してみせます。設定は、亡き親友の妻へ密かに好意を寄せる夫に、妻がその未亡人の縁談を勧めるというシチュエーションです。
<<なんだか定期的に向田さんのことを書いているみたいだが、やはりこの日とは凄いので何度も書く。「冬の運動会」も凄かった。何が凄いかって、登場人物たちの心情がとてつもなく重層的なのだ。(中略)縁談の話を振られたお父さんのリアクションは「うむ、いや-----(別にかまわないよ)」。それに対するお母さんの台詞は「-----こんないいご縁もったいないわよ」。これだけの会話でそれだけのことを表現する。まさに神業である。(中略)伊丹十三さんの言葉を思い出す。もし台本に、喋っていることと思っていることがまったく違う台詞があったら、それは役者にとって、脚本家から貰った最高の宝物なんだよ、と。そんな宝物がこの作品には至るところに詰まっている。>>
自分も向田作品に魅了されてやまないひとりです。『向田邦子全集』全3巻(1987年6月~8月・文藝春秋刊)は何度も読み返しています。初の全集にシナリオ類が含まれていないのが残念ですが、新版全集と違って重厚な装幀が特に気に入っています。向田さんの文章を読むたびにその鋭い観察眼に驚かされ、文才という月並みな言葉では到底言い尽せない磨き抜かれた表現力には、畏敬の念さえ抱いてしまいます。
名文家で直木賞詮衡委員のひとり山口瞳さんをして「向田邦子は、あきらかに(小説も随筆も)私より上手だった」と言わしめているくらいですから、その才能は折り紙つきでした。
昭和56(1981)年8月、向田邦子さんは台湾旅行中に飛行機事故で他界、52歳でした。訃報を知ったとき愕然としたことをはっきり覚えています。もっともっと向田作品が読みたかった!旅が好きで好奇心旺盛だった向田さんが、平成の時代さらには令和の時代まで生きていらしたら、スマホ中心のこの便利な世の中をどう切り取ってくれたのでしょうか、興味が尽きません。
生誕90年の昨年、河出書房新社から刊行された『向田邦子の本棚』に、ご本人が他人には決して見せなかったという蔵書や骨董品・書画などの遺愛品が数多く紹介されています。有名な中川一政画伯の「僧敲月下門」や食いしん坊に贈る百冊の本など、創作の過程を知る手がかりを見つけたい人におススメです。