上野の森美術館の知名度は、トーハク・都美・国立西洋美術館が林立する上野恩賜公園にあって、やや見劣りするのではないでしょうか。開館は1972年、唯一の私立美術館です。ところが、近年、「怖い絵展」(2017年)、「ミラクル エッシャー展」(2018年)と大行列の出来る展覧会を立て続けに企画しています。
今回の「フェルメール展」では、現存点数35(諸説あり)しかないフェルメール作品8点を日本に集結させるという奇跡的離れ業を演じてくれました。3点は初来日だそうです。こうなると来館者が殺到すること請け合いですから、「日時指定入場制」という異例の措置が講じられました。早めにチケットをネット予約しておこうと思った時期に、今年1月9日からさらに1点(「取り持ち女」)加わってVERMEER 9/35になると知って、会期後半のこの週末、入館することにしました。
2018年11月3日から始まった本年1月から会期終了日の2/3までの図録付前売券@5000円がお得とあって、早々と予定枚数に達したようです。前売券は2500円、一般的な美術展のそれより1000円以上高い計算です。しかしながら、この破格のお値段もよくよく考えてみれば、収蔵先の5カ国6美術館を見て廻れば途方もない費用と時間がかかる訳ですから、むしろお値打ちなのです。
指定入場時刻の15分前に現地に赴くと、200人くらいがすでに行列を作っていました。幸い、1/19(土)は快晴のおだやかな1日となり絶好の行楽日和。入場して嬉しいサプライズだったのは、「音声ガイド」(ナレーション:石原さとみさん)が無料な上に、無味乾燥な出品目録に代えて手帳サイズの作品解説ハンドブックが頂けたこと。フェルメール作品に加え同時代のオランダ黄金時代の傑作すべてに丁寧な解説が加えられていて、絵を見ながら事物に込められた寓意(アレゴリー)を読み解くことができます(例:楽器は恋愛を暗示する)。ほかにも有益な解説満載で、フェルメールの「手紙を書く女」に描かれた黄色い上着がフェルメールの財産目録に記載されていたとは初耳でした。
オランダ黄金時代の作品群のなかでは、特に、ヘラルト・ダウの「本を読む老女」とハヴリエル・メツーの一対の「手紙を書く男」と「手紙を読む女」のクオリティの高さに驚愕させられました。当時、肖像画というジャンルが急速に富裕層に浸透し、フェルメールと同時代に優れた画家が輩出した証しです。彼らは決してフェルメールの前座などではなく、肩を並べる作品群を生み出した傑出画家でした。
紅殻色の展示室の背景色が、「フェルメール・ルーム」に入るとフェルメールブルーに変わります。9点が一堂に会した特別展示室は圧巻でした。”rich moment”〜贅沢なひととき〜とはこの瞬間のために用意された言葉に違いありません。数点は過去見たことがありますが、こうして並べて見てみると、フェルメールの息遣いが伝わってくるようで、格別の感動を覚えました。フライヤーにあるとおり、フェルメール本人も目にしたことがないであろう奇跡の光景です。後期の傑作「手紙を書く夫人と召使い」の 前ではしばらく動けなくなりました。
フェルメールの最大の魅力は、ありふれた暮らしのなかにある一瞬の輝き(ときめき)を捉えた点にあるように思います。フェルメールが好んで描いた手紙というモチーフは、一瞬を切り取る上で欠かせないものだったのでしょう。風俗画と言ってしまえばそれまでですが、光と影が織りなす情景は実に穏やかで(“tranquil scenes”)、日本人固有の感性に静かに訴えかけてきます。千足伸行氏は静謐かつ無名的な日常と表現しています。間接光を採り入れる絵は陰翳礼讃にも通じます。宗教画や歴史画と違って、深い文化的教養がなくても共感できるフェルメール作品はなにより親しみやすい。その上、絵のサイズは狭小日本住宅にぴったりで、威圧感がありません。フェルメール全点の面積を合わせても、レンブラントの「夜警」のサイズに満たないのです。世界中にファンは多けれど、フェルメール作品は日本人にとって特別な存在であり続けることでしょう。本展覧会は、2月16日から大阪市立美術館へ巡回します(フェルメール作品は6点公開、東京会場にはなかった「恋文」が登場します)。
フェルメール9点を含め展示作品はわずか49点でしたが、じっくり時間をかけて鑑賞することができました。最後にもうひとこと、珠玉の展覧会でした。