ポーラ美術館を訪ねて~建物と周辺環境が唯一無二のアート空間を構成しています~

8月初日、3年ぶりに箱根を訪れました。この日は1951年観測以来4番目に遅い梅雨明けとなりました。昨年10月の台風19号の影響で半年以上運休となっていた箱根登山鉄道の箱根湯本-強羅間も7月23日に再開し、全面復旧したばかり。観光のメッカ箱根にもようやく明るい兆しが見えてきたようです。特別定額給付金10万円は専ら観光消費に充てていこうと思っています。

今回のお目当ては、ポーラ美術館で開催中の「モネとマティス もうひとつの楽園」展(~2020年11月3日)でした。箱根には彫刻の森美術館をはじめ数多くの個性派美術館がありますが、ポーラ美術館は断トツの本格派美術館ではないでしょうか。なかでも代表的印象派画家であるクロード・モネ(19点)やルノワール(16点)のコレクションはワールドクラス、箱根まで足を運ぶ価値が十二分にあります。広重の「江戸名所百景・亀戸天神境内」からインスピレーションを得て架けたという太鼓橋と共に描かれた「睡蓮の池」は、世界に18点あるという同じモチーフで描かれた作品群のなかでも完成度の高い部類に入るのは間違いありません。ジヴェルニーの邸宅の一室を浮世絵で埋め尽くしたというモネに日本人が好感を抱くのも道理です。「睡蓮の池」には描かれてはいませんが、ガーデニングに熱中したモネは太鼓橋の頭上に藤棚まで設えてしまったほど浮世絵に感化されていたようです。

一方、アンリ・マティスの絵はテキスタイルや調度品が副主題になっていて、印象派のモネとは作風がまったく異なります。フォーヴィズム(野獣派)のリーダー格的存在ではありますが、油絵よりも寧ろ「ジャズ」シリーズの切り絵や『愛の詞華集』(ピエール・ド・ロンサール著)の挿絵として描かれたリトグラフの線描画に惹かれました。

ポーラ美術館(2002年開館)のもうひとつの見どころは、器としての建物と周辺環境です。2004年の日本建築学会賞(作品賞)をはじめ、建築関係の賞を総ナメにしてことからもその評価が窺えます。こうした受賞歴を知らずとも、誰しも現地を訪れてみれば、卓抜な建物デザインとエントランスから地下へと誘われるユニークな動線に驚かれるはずです。B1に広めの展示室1があり、B2に展示室2~5が配置されています。展示室は作品保護のために照度が抑えてありますが、ロビー空間は自然光を巧みに取り込んでいるので際立って明るい印象です。今回の企画展では展示室1を見てから、エスカレーターでB2へと下り、展示室2~3を鑑賞する寸法です。館内をやみくもに移動しているだけでは建物の全容は掴み辛いのですが、B2のロビーに設置してある全体模型(写真下)を横から俯瞰してみると全体像がよく分かります。

トーハクの企画展に象徴されるように、200点を超える作品を並べて押すな押すなのなか鑑賞させられる展覧会とポーラ美術館のそれとはまったく対照的です。展示室1を見た後、1Fのレストラン「アレイ」でのランチを挟んで、展示室2~3へ向かいました。館内レストランやカフェで小休憩してから鑑賞を再開すると、鑑賞の余韻に浸ってよりリフレッシュできるように思います。テラス席のある「アレイ」は、メニューも豊富で、超おススメです(写真は注文した一番人気のオリジナルシーフードカレーです)。

時間が許せば、館内を出たあと、美術館を取り囲むように設けられた森の遊歩道(2013年7月GOP)を散策しましょう。全長約1キロ、所要時間は30分~40分。尾瀬ヶ原のような木道が整備され、自然を肌で感じながら、屋外アート作品も鑑賞できるようになっています。シンボルツリーとしても知られるヒメシャラやブナの巨木を見上げながら進むと、数字とm/s(秒速)が羅列してある不思議なアート作品が現れます。何の数字かなと思って説明板を確認して、<光速>(真空中光は毎秒約30万km)だと分かりました。スピーカーからフルートの音色が聞こえてくるポイントもあって、40分弱の散策、自然と共に至福の時間が愉しめます。