2018年團菊祭「雷神不動北山櫻」は歌舞伎十八番の原点!

市川團十郎家の家の芸といえば歌舞伎十八番、うち三演目は「雷神不動北山櫻(なるかみふどうきたやまざくら)」から分離独立したもので、歌舞伎十八番に制定したのは七世團十郎です。二幕目<小野春道館の場>では、舞台上手に<歌舞伎十八番の内毛抜の幕>と木札が掲げられています。続く三幕目は「鳴神」、大詰に「不動」という展開です。

「雷神不動北山櫻」の近年の上演記録を見ると、平成20年以降、海老蔵さんが例外なく五役を勤めています。襲名披露興行でもないのに海老蔵さんの口上があるのは特別な演目だからです。今年は、成田山開基1080年、二世團十郎生誕330年の節目の年、團菊祭にこれほどうってつけの演目はありません。

口上で海老蔵さん自身が語ったとおり、この演目はなかなか込み入った筋書きで勧善懲悪の世界を描いたもの。1300円也の筋書に人物相関図が挿入されているくらいですから、時代背景や登場人物の役割などをあらかじめ把握していないと長丁場の舞台をフォローできません。三枡の障子を背にする海老蔵さんの頭上には彼が演じる五役の大きな写真が掲げられ、海老蔵さんがユーモアたっぷりに役柄を解説してくれます。

注目すべきはヒールに徹した早雲王子。陰陽博士の占いによって帝になれば天下が乱れると早雲王子は世継ぎから外されてしまいます。その数奇な巡りあわせから王子は帝位簒奪を企てます。宮廷に裏切られた鳴神上人は怒って龍神を封じ込めて、旱魃をもたらします。一方、早雲王子を排斥したのは、齢100歳を超えるという陰陽博士安倍清行。早雲王子とは対照的な好色好好爺ぶりを海老蔵さんが巧みに演じ分けていきます。内裏一の美女、雲の絶間姫の色仕掛けに翻弄され堕落する鳴神上人の演じっぷりといい色目使いも一流で、荒事で馳せる市川宗家当主の芸風の広さをしっかり見せつけてくれます。

圧巻は大詰第ニ場朱雀門王子最期の場です。華やかな朱雀門をバックに紅の衣裳姿の追手が右往左往するなか、早雲王子の大立廻りが見処です(写真はネットから拝借しました)。花道七三に大梯子を立てかけ火消さながらのパフォーマンスを演じる追手と王子。目まぐるしく動き回る王子を演じた海老蔵さんが、壇上で<はあーっ>と大きな溜息をつくと館内は一瞬緊張が解けて笑いに包まれました。それにしても休む暇さえない五役出ずっぱりの長丁場、海老蔵さん連日の舞台、本当にお疲れ様です。

平安の御世、舞台にも登場する神泉苑では盛んに雨乞いが行われていました。平安京遷都と共に設けられた禁苑ですから天皇や皇族しか立ち入ることは出来ませんでした。善女龍王という龍神が棲むという祈雨の霊場、守敏との術比べで空海が勝利したのもこの地です。陰陽博士や法力が政(まつりごと)を差配した時代は物語の宝庫。この日は、舞台の熱気で余韻さめやらぬ思いで歌舞伎座を後にしました。