メディアと権力の闘いを描いた「ペンタゴン・ペーパーズ」

米国の歴代政権が隠ぺいしてきたベトナム戦争の実情をめぐる不都合な真実、それは「泥沼化したもはや勝てない戦さ」だと知りながら、時の政権が敗戦処理をしたくないばかりに次の政権へと先送りしてきたことでした。<70%が政府の名誉のため、20%は共産主義から資本主義を守るため、そして残りの10%が南ベトナム支援のため>に、米兵の多くが戦場で落とさなくても良かった命を落とすことになったのです。

先んじて取材源からこの事実を突き止めたニューヨーク・タイムズが、驚くべきスクープ記事を白日の下にさらします。これに激昂したニクソン政権はあろうことか、記事掲載差し止めを求め提訴。裁判所からは差し止めの仮処分が出てしまいます。

当時、地方紙に過ぎなかったワシントン・ポスト(1877年創刊)は、タイムズ紙のスクープに刺戟されて、ペンタゴンから委嘱を受けてベトナム戦争の研究にあたったダニエル・エルズバーグ研究員(ランド研究所所属)の機密報告書に辿り着きます。奇しくもタイムズ紙の取材源と同じでした。同一取材源となれば、仮処分の効果はワシントン・ポストにも及びかねません。株式公開を果たしたばかりのポスト紙にとって、国家機密に係る政権批判は会社存続の危機を招くばかりか社主の逮捕投獄もあると、法律顧問も役員も猛反対します。

一方、編集主幹のベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)は報道の自由は譲れないと突貫作業で機密報告書を記事にまとめ上げます。元国防長官とも親しい社主キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)は、周囲の声に耳を傾けながらも、報道機関が仕えるべきは統治者ではなく国民であると考え、最後はひとり決然と報道することを選択します。

トランプ政権は気に入らないメディアをフェイクニュースと断じて排斥、安倍長期政権も「森友・加計首相案件」を徹底追及する某新聞社をあからさまに目の敵にしています。憲法改正をめぐって衆議院予算委員会で「読売を熟読して欲しい」と発言した安倍首相には、明らかなメディア偏重が窺えます。日本における公文書の扱いは米国に比べてかなりお粗末と云わざるを得ません。不都合な真実の内情は異なりこそすれ、この映画の教訓は現代に生かされておらず、世界的に権力者が中立的な立場のメディアを煙たがり、残念なことに、事実を報道するメディアに対してバッシングさえ辞さない構図に変わりはないようです。

メディアの主たる役割はあくまで政権の監視であって、権力に擦り寄り迎合することではありません。党派的だと本映画を批判する向きもあるようですが、スピルバーグ監督は党派を超えた愛国心に訴えた作品だと云います。政権中枢がメディアを追い詰める緊張感漂うノンフィクション映画にもかかわらず、監督は一級のエンターテイメントに仕立てあげています。何気ない会話や出演者の仕草にユーモアが横溢するあたり流石です。ポスト紙報道の翌朝、ベンが各社の記事を抱えて出社するシーンは爽快でした。

最後にひと言、少しスリムになったトム・ハンクスと貫禄たっぷりのメリル・ストリープが初共演とは意外でした。