映画「新聞記者」:記者が立ち向かったのは近未来のディストピア

邦画は、洋画とりわけハリウッドのしっかりとした骨組みの作品と比較するとジャンルを問わず、内容がいま一つ食い足らない気がして、積極的に劇場に足を運ぶ気にはなれません。最近観た邦画のなかで佳作だなと思えるのは、樹木希林さん主演の「日日是好日」(2018/10公開)くらいです。

それでも邦画界の1年を知ろうと、日本アカデミー賞授賞式は録画して見るようにしています。第43回を数える今年の日本アカデミー賞は、巷でジワジワ評価が上がっていた「新聞記者」が作品賞を受賞。原案は東京新聞望月衣朔子記者の著書『新聞記者』(角川新書)でした。この望月記者、3年前、菅官房長官を相手に加計学園問題を中心に40分に及ぶ長時間の質疑を行い、質問制限を受けたことで、一躍、時の人となりました。

映画「新聞記者」は、シム・ウンギョン演じる女性記者が、松坂桃李演じる内閣情報調査室勤務の若手官僚と次第に距離を縮め、政府が隠蔽しようとする恐るべき真相に迫る意欲作です。最優秀主演男優賞を受賞した松坂桃李が、受賞インタビューで、公開まで紆余曲折があったことを仄めかしたので、官邸に忖度した興行主やスポンサーからの協力が得られず、資金面やキャスティングをめぐってスタッフが相当苦労したのかなと想像します。実際、監督はオファーを一度断ったのだそうです。

映画のベースになったのは森友・加計学園問題(俗称:モリカケ問題)です。状況を総合的に勘案すれば、官邸が受益者に特別の便宜を図ったことは確かなはずなのに、それを裏付けるあるべきはずの公文書がどこを探しても存在しないという不思議。「桜を見る会」の私物化問題も同根です。現政権にとって誠に不都合な事実を隠蔽するために、書類を改竄・破棄することが常態化していると言えます。数々のスクープで知られる硬派の米ワシントン・ポスト紙は、安倍政権の奢りだと一連の事件を痛烈に批判しています。

映画「新聞記者」は、現実は御用メディアが跋扈するなか、社会の木鐸足らんとする理想の記者像を描くとともに、現政権を暗に陽に批判する内容となっています。にもかかわらず、本作に作品賞が授与されたことに少なからず驚きを感じています。

日本アカデミー賞は映画人による映画人のための賞と言われます。事実上、東宝、松竹、東映KADOkAWAに所属する大手配給会社の関係者が投票するわけですから、マスメディア同様、権力に阿る投票行動も十分予あり得るわけです。大手配給ではない「新聞記者」が作品賞を含む3部門で受賞。今回はエンターメント作品で強力な対抗馬がいなかったにせよ、表現の自由の一翼を担う映画界の良心が確かめられた恰好です。

2年前、中島岳志安倍内閣で次々起こった文書破棄・改竄事案について、ジョージ・オーウェルの代表作『一九八四』を引き合いに出しながら、言葉を操作することによって現実を操作する危険性を剔抉しています。一例は、「非正規」という言葉を一掃して、不安定雇用の問題に蓋をするというやり口です。オーウェルが創出した独裁者ビッグ・ブラザーが見守るという大義名分の下で監視する社会は、理想郷の対極にあるディストピア

映画「新聞記者」の女性記者が立ち向かったのは、間違いなく、監視カメラが張り巡らされ権力の集中した内閣官房がすべてを差配する社会の未来予想図そのものではないでしょうか。ツイッター上でネトウヨのアカウントを偽装し、大勢の内調職員がPCに向かって政権敵対者へ容赦なく誹謗中傷を繰り返すシーンがその象徴です。政府が隠蔽しようとした不都合な真実が少し現実離れした内容だっただけに、過度な誇張を排してもう少しリアリティを追求していたら、文句なしに第88回アカデミー賞作品賞を受賞した「スポットライト 世紀のスクープ」に肉薄していたことでしょう。

新聞記者 (角川新書)

新聞記者 (角川新書)