池井戸潤新作『陸王』は『下町ロケット』を凌ぐ傑作だった!

池井戸潤の新作長編『陸王』は600頁近いボリュームながら期待を裏切らない傑作でした。これまでの池井戸本とはひと味違った昭和レトロな装丁も、読了後改めて眺めてみると内容にぴったりです。創業100年の老舗足袋製造業者が会社存の続を賭けて畑違いのランニングシューズに挑むというストーリー、軽快なテンポで話が進み、上質のミステリーさながらです。息つく間もなく読み切りました。

銀行出身の作者は、都市銀行を舞台とする俺バブシリーズ(TVドラマ化された「半沢直樹」)をはじめ、財閥系自動車メーカーの隠蔽体質を描いた「空飛ぶタイヤ」など数々のヒット作を生み出しています。TVドラマ化された作品が多いということは、池井戸潤がある意味社会派作家である証です。

本作は、直木賞受賞作『下町ロケット』の延長線上にある作品で、時代に取り残されつつある足袋製造事業を細々と営む地方の零細企業が舞台となっています。ジリ貧の事業の行く末に悩む社長が下した決断は新規事業への挑戦。利益追求や保身という組織の論理に抗って我が道を模索する地方銀行員や職人気質のシューフィッターが零細企業の勇気ある決断を後押しすることになります。零細企業の行く手にかすかな光明を灯すのが事業に行き詰まり一敗地に塗れた元経営者が有する死蔵特許、『下町ロケット2』の佃製作所が医療分野へと次の一手を踏み出したときの着眼点とよく似ています。

下敷きは確かに似ていますが、登場人物に拡がりと奥行が感じられるのが本作の特徴です。零細企業が試作したシューズの商品名は「陸王」、外資系大手スポーツ用品メーカーとスポンサー契約を交わす有名アスリートに無名の零細企業がどう売り込みをかけるのか、陸上スポーツ界の裏事情がよく描かれています。有名アスリートが故障したり成績が振るわなくなって宣伝塔として機能しなくなったとき、綾なす人間模様がもうひとつの本作の魅力です。

週に数回都度8〜10キロ走ることにしているので、トレーニングシューズ選びにはそれなりに腐心してきましたが、トップアスリートに提供される競技用シューズはオーダーメイドの格別なものなのですね。これから、駅伝やマラソンを見る眼が違ってきそうです。読書家だけではなく、走ることの好きな人にも是非読んで欲しいと思います。