連続ドラマW「鉄の骨」〜池井戸ドラマにハズレなし〜

最近、WOWOWのオリジナルドラマ「鉄の骨」(全5話)が完結しました。これまで数々の池井戸潤作品がドラマ化されていますが、失敗作を観たことがありません。映像化によって原作の持ち味が損なわれるケースも散見されるだけに、池井戸ドラマの高視聴率は驚異的です。ドラマ化を前提に作者が細部まで構想しているとしか思えません。持ち味の小気味のいい展開に加え、際立った人物造型に至っては神懸りものです。

ルーズヴェルト・ゲーム』(2012年)やラグビーW杯2019日本大会に先立ってドラマ化された『ノーサイド・ゲーム』(2019)が扱うのはスポーツの世界。勝ち負けをめぐる争いは総じてドラマティクですから、原作が優れていればドラマ化も半ば成功したようなものです。それにしても、TBSドラマのキャスティングはどの作品をとっても絶妙で手放しで感心しています。ドラマ「ノーサイド・ゲーム」の大泉洋さんの起用に最初は戸惑いましたが、終わってみれば君嶋隼人は文句なしの大泉洋さんで納得です。主題歌「馬と鹿」(米津玄師)のメロディもベストマッチで、ラグビーW杯日本大会閉幕後の今も耳に残っています。

一方、『鉄の骨』(2009年)は、建設業界の談合をテーマにした実に重くるしい内容の小説です。この重苦しさは『七つの会議』(2012年)に増幅されて引き継がれています。会社の上下関係や競合他社との受注競争は、建設業界にかぎらずあらゆる業界に共通する平凡なテーマです。その上、読者(視聴者)の多くはサラリーマンやOLですから、会社組織のA-Zを知る手強い相手です。中途半端なリアリティでは誰も納得しません。だからこそ、会社組織に巣食うしがらみや悪しき慣習に、池井戸潤オルター・エゴを立てて真っ向勝負を挑みます。金と企業モラルの問題にも容赦なく切り込みます。救いようのない絶望的な状況に追い込まれた会社員はどうあるべきなのか、どう行動すべきなのか、元銀行員だった作者自身が自問自答しているように見えます。

『鉄の骨』の主人公は、中堅ゼネコンの入社4年目社員富島平太。不器用で真面目な富島平太は、突然建設現場から本社業務部という談合を仕切る部署へ異動させられます。業務部はいわば会社の汚れ役です。駆け出しの若手社員は日々悩みながら、やがて同僚から信頼を勝ち得、切れ者常務取締役の心さえ動かすようになります。社内の軋轢が昂じるなか、常務は平静を装いながらとうとう内部告発に踏み切ります。こうしてフェアプレイを貫いた結果、長い間表面化することのなかった官製談合が摘発され、会社は業界から孤立し却って厳しい立場に追い込まれることになります(ドラマはここで終わります)。現実に官製談合防止法が施行されたのはついこの間の2003年のこと。これで、大手ゼネコンを中心とする談合がなりを潜め、業界が浄化されたとは誰も思ってはいないでしょう。波瀾万丈の続編に大いに期待したいところです。

入社から時間を経るに従い、会社員は往々にして入社時の青雲の志と輝きを失っていくものです。そして、良心を殺して清濁併せ呑むようになり、長いものに巻かれていきます。民間だけでなく公務員の世界も同様でしょう。プリシンプルなき組織(ヒト)はいずれ腐敗していくだけだと作者は警鐘を鳴らしているのかも知れません。

過ちては改むるに憚ること勿れ!池井戸潤は初心に還れとあらゆる世代の会社員にエールを送っているのです。

鉄の骨 (講談社文庫)

鉄の骨 (講談社文庫)