『トリプルA 小説格付会社』が暴く格付会社の内情

昨年9月17日、若者を中心とする1000人余りが”Occupy Wall Street”を叫びウォール街にほど近いズコッティ公園に参集しウォール街をデモ行進してから、1年が経ちます。デモで叫ばれた"We are the 99%"というスローガンは、1%の富裕層が個人資産の35%を占めるという競争社会アメリカの歪みを端的に示したもので、メディアが挙って取り上げたため世界中に知れ渡りました。最近、翻訳本が刊行されたスティグリッツ著"The Price of Inequality”(『世界の99%を貧困にする経済』、不平等の代償が直訳)は、そのウォール街のデモに理論的正当性を与えたと言われ、アメリカの歪な不平等社会を告発しています。

著しい不平等がもたらされた原因は多岐に渡りますが、金融に関する限り、政治と私欲によって市場が歪められたと筆者は主張しています。黒木亮著『トリプルA』はアメリカを代表する二大格付機関ムーディーズとS&Pを取り上げ、金融市場が歪められていった過程をアレンジャー(投資銀行)や投資家の視点を通じて克明に描いています。

欧州系投資銀行に勤務し本書に描かれた幾多のイベントにストファイのアレンジャーとして深く関わった経験があるため、格付機関がモラルハザードに陥っていった原因には幾つも心当たりがあります。各登場人物はプロトタイプに描かれ感情移入し易いこともあって、幻冬舎から文庫化された本書上下巻を一気に読み終えました。過去十数年、金融の最前線で働いた経験のあるプロフェッショナルにはお薦めの一冊です。

フィクション仕立てのため、格付機関、邦銀、生保の名前が仮名になっていますが、実名は容易に想像できます。マーシャルズ(Moody's)の悪辣ぶりと節操のなさが誇張気味に描かれていますが、自らディールメーカーと化し市場の崩落を先導した罪は重大です。社債発行体企業に対して財務状況のみならずガバナンスの欠如やリスク管理面の至らなさまで指摘し、対応不十分と見れば容赦なく格下げに踏み切るのが本来の格付機関の姿です。ところが、伝統的なソブリン格付や企業格付よりも収益が見込めるストラクチャードファイナンス分野が有望と分かった途端、米系格付機関は俄か仕立てのアナリストを大勢配置して、突貫作業で精緻なリスク検証を欠いたまま厖大な案件に投資適格の格付を付与していきました。まさに暴走です。発行体にとって格付機関が反面教師になった瞬間です。自家撞着の極みと云ってもいいでしょう。

バーゼルIIがAA〜AAAトランシェのリスクウェイトを20%まで圧縮することを認めたことも追い風でした。規模からすれば中小企業に過ぎない大手格付機関数社に対して金融機関生殺与奪の権能を与えてしまったことが金融行政の大失態でした。それでも格付機関が自己規律と中立を守り本来の職分を全うしていれば問題はなかったのですが、投資銀行(アレンジャー)からもたらされる巨額の手数料収入に目がくらみ私益の獲得に奔走するようになります。投資家に対しては"Conflict of Interests"(利益相反)の極みです。本書がいみじくも指摘するように、格付機関にとって、格下げアクションなど一銭の得にもならない行為なので当然疎かにされます。思えば、格下げ時に発行されるレター内容のお粗末だったこと。

振り返れば2007年後半から顕在化し始めた市場の混乱は2008年のリーマン破綻で一気に加速、未曾有のイベントに発展しました。2008年単年度格下げされた証券化商品が全体の38%を占めたと本書は指摘しています。過去の投資適格のマイグレーションを吹き飛ばす凄まじい格下げの嵐でした。格付(機関)の権威は地に落ちました。当時、サブプライムローンに代表されるoriginate to distributionタイプの証券化の陥穽や格付機関の堕落に薄々気づいていただけに、市場崩落の手前で楔のひとつさえ打てなかったことが悔やまされてなりません。

トリプルA 小説 格付会社 上 (幻冬舎文庫)

トリプルA 小説 格付会社 上 (幻冬舎文庫)

The Price of Inequality

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