先行上映初日「日日是好日」を観て〜滋味掬すべき作品でした〜

観終わった直後に、ふっと頭に浮かんだのは「滋味あふれる」という言葉。映画「日日是好日」は、普段なかなかめぐり逢えない滋味掬すべき作品でした。豊かで深い味わいのあるこの作品は、茶道のお師匠さん武田先生を樹木希林さんが演じたからこそ、奇蹟的に成就したのだと思います。公開直前に樹木希林さんは亡くなられたので、希林さんは文字どおり命を削りながら、一期一会の精神をその身に代えて示してくれたわけです。余人をもって代え難いとはこのことです。

大学3年生になっても、「自分の一生をかけられるような何か」を見つけられない典子(黒木華)と同い年で従姉妹のミチコ(多部未華子)が、典子の母の勧めで武田先生にお茶を習うことになります。稽古場となる八畳の日本間でさまざまな失敗や経験を重ね、本物に触れて、ふたりは茶道の真髄に少しずつ近づいていきます。不器用で機転の利かない典子にとって、それは牛歩そのものでした。お稽古を休めば後退することもしばし。「帛紗さばき」なんて、典子ならずともお手上げです。

理屈が立たないと動けないミチコはひとつひとつの所作に理由を求めますが、武田先生は「それがお茶なの。理由なんていいのよ」とにべもありません。茶道にかぎらず、凡そお稽古事は身体で覚えるのが基本。武田先生の発する短い言葉や態度がお弟子さんたちをあるべき道へと的確に導いていきます。こんな先生にお茶を教えてもらいたいと誰しも思うのではないでしょうか。典子さんと武田先生の出会いがすべてでした。

季節がめぐると、雨水、大暑、白露という具合に二十四節気が字幕に現れます。武田先生は、そんな暦の切り取り方にこだわらず今この瞬間を五感で感じなさいと、年を重ねてなお人生に惑う典子を優しく諭します。

映画の主人公典子は、原作者森下典子さんのことです。原作『日日是好日』の前書きには、週1回のお稽古を25年続けてきたとあります。扁額や掛け軸で幾度となく目にしてきた「日日是好日」、長い年月をかけたからこそ彼女はようやくその本当の意味に気づき、あるがままの自分の成長の道筋を作ることができたのです。子供の頃、よく分からなかったというフェリーニ監督の「道」へと典子さんは踵を返すのでした。

継続は力なり。フラメンコやイタリア語では決してたどり着けなかった茶道の世界こそ、典子さんが一生をかけるにふさわしいお稽古事だったのです。京都佛光寺が八行標語を書籍化したときのブックタイトルが『晴れてよし、降ってよし、いまを生きる』でした。映画の終盤、その標語が頭を過ぎりました。「聴雨」と書かれた床の間の掛け軸を凝視する典子、耳に届く雨音はじんわりと胸に響くその瞬間にしかない季節の鼓動なのでした。

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)

秋、赤い実をつけるナナカマドとコブシ

先月下旬、燧裏林道をトレッキングしたとき、樹林帯でしばしば目にしたのはナナカマド。登山道で見かける至極ありふれた樹木ですが、鮮やかな紅色と深緑のコントラストは秋の訪れを象徴する光景、自然と足が止まります。同行者のIさんが道々「ナナカマドの実は食べられるのかな?」なんて呟くので、気になって調べてみました。木の実の色は圧倒的に赤が多い!鳥が見つけ易く種子を他所で繁殖してもらうのに好都合だからです。自宅の庭でも、南天やセンリョウの実をヒヨドリメジロがあっという間に啄んでいきます。ところが、山道を鮮やかに彩るナナカマドの実は例外なく食い荒らされた感じがありません。人間も食べられないことはないようですが、試した人はかなり苦くて食べられた代物ではないと云います。微量ながら毒性もあるので、鳥の方は完熟して霜や冷気で毒気が抜けた頃合いを見計らって食べるのだそうです。自然の摂理は実に巧妙です。ナナカマドの名前の由来は、7回カマドに入れても燃え尽きない丈夫な樹木だから。身近な木でありながら、調べてみると知らないことばかりでした。とまれ、遭難したときナナカマドの実を食べて飢えを凌ぐことは無理だとはっきり分かりました。

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次に気になったのはコブシの実。早春に可憐な白い花を咲かせるコブシに似つかわしくないピンク色のぶつぶつした形状がコブシの実の特徴です。こちらも山道で何度か見かけました。淡いピンク色の実が幾つもくっついて集合果を形成しています。春先の花とは対照的に見た目は少し奇っ怪でグロテスクな印象を与えます。コブシは、その実が子供の「握り拳(こぶし)」に似ているところから命名されたそうです。こちらは食用に供されたことがあるようです。今度、見かけたら、思い切って味見してみようと思います。ある程度サバイバル登山を意識して、食用キノコや木の実の見分け方を学習しておくのも有益かも知れません。最後に、写真下はオオカメノキ、赤い実が秋色の深まりとともに黒く熟すというスイカズラ科ガマズミ属の植物、こちらは鳥の大好物なのだとか。

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東美の美術品鑑定とマーケットメイク

一般財団法人「東美鑑定評価機構」が美術品の真贋判定に加え、基準価格を提示する事業を始めるのだそうです。母体の「東京美術倶楽部(東美)」は株式会社組織で創業は明治40年、港区新橋に立派な社屋があります。会社組織との関係が今ひとつ判然としないのですが、全国の美術商約500から成る東京美術商協同組合が東美の展覧会等諸行事の運営の担い手ということなのでしょう。

10/1付けで東京美術倶楽部鑑定委員会が「東美鑑定評価機構」鑑定委員会に移管され、今後、基準となる値付けをすることになるようです。東美は物故作家の鑑定しか行わないので、文化勲章文化功労者を受賞した大家やそれに準じる人気作家の作品が対象となります。例えば、梅原龍三郎の油絵1号は幾らという具合に価格の目安を提示することになるのでしょうか。「美術年鑑」などに掲載されている作家の号あたりの価格と大して変わらないような気がしてなりません。

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版画やリトグラフなど例外もありますが、絵画や彫刻の類は基本的に作品ひとつひとつが別物です。同じモチーフであってもサイズや製作時期によって、価格は異なります。特に、日本では大作は展示スペースの関係で敬遠されるはずです。従って、作家ごとに細かいマトリックスを設けて価格を表示しないかぎり、実際の商談の役には立ちません。個人が絵を買う場合、概ねその作品が好きか嫌いか、予算に見合ったものかどうかで購入の可否を決するので、権威ある団体がプライスインディケーションを出したところで、購入判断に影響力を及ぼすことはないでしょう。一番気になる点は、金融取引のようにオファー(売値)とビッド(買値)の両サイドを提示してもらえるのかどうか。画商の仲介手数料(東美は15.8%)はべらぼうに高いイメージがあって、ヤフオクebayのようなオークションサイト並みのコミッションになれば、取引の流通量も自ずと拡大するように思います。

開運!なんでも鑑定団」のような真贋鑑定は、どことなく胡散臭く鑑定価格もいい加減だと言いたげな東美さんの新機構、どんな成果を出してくれるのか注目です。

神宮外苑のイチョウ並木はなぜ美しいのか?

東京都の木は1966年にイチョウに決まったのだそうです。候補の木は三種、イチョウソメイヨシノケヤキのなかから、都民の投票でほぼ半数の票を獲得したイチョウが選ばれたというわけです。次点はケヤキ、表参道のケヤキ並木も確かに美しいのですが、聖徳記念絵画館にまっすぐ延びる広い道を挟んで高く聳えるイチョウ並木の凛とした佇まいは実に絵になります。毎年、イチョウが色づき始めると大勢の人が外苑のイチョウ並木を訪れますが、むしろ、週末の早朝や夕暮れ時の人気の少ない時間帯の方が、周囲の環境と溶け込んでその美しさが際立つように思います。

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都内では、明治神宮と並んで年に幾度も訪れたいスポットのひとつです。最近、その美しさの理由を日経新聞の記事で知りました。イチョウの背丈が揃っているのは見てのとおりですが、146本あるイチョウの木すべてが、新宿御苑にあった同じイチョウの木の種(銀杏)から育てたものだからだそうです。イチョウは雌雄異株なので、146本は大層賑やかな兄弟姉妹ということになります。並木通りで銀杏拾いができるのは雌株が7割を占めるからだそうです。

街路樹としては定番の感がありますが、イチョウ科の植物は氷河期に絶滅してしまい、イチョウが唯一現存する種で文字通り生ける化石なのです。レッドリスト絶滅危惧種に指定されているので、貴重なサバイバル種ということになります。外苑のイチョウは、個体差こそあれ背が高いものは28mもあり、なんと樹齢は今年で110歳。もう十分老境の域にあると知って、外苑のイチョウ並木がなんだかとても愛おしく思えてきました。黄葉が見頃を迎えると、神宮外苑いちょう祭が開催されます。久しぶりにハイシーズンのイチョウ並木を見に行きたくなりました。

燧裏林道から三条ノ滝展望台へ(御池ロッジ前泊)

宿泊先の御池ロッジは、前日の燧ケ岳アタックには絶好のポジション。登山口に接した公営駐車場手前に専用駐車場があるため、車内に着替えや翌日の装備をデポできるという利点があります。その上、御池ロッジはホテル並みの施設でとても快適に過ごせます。強いて難点を挙げるとすれば、お風呂の営業が午後からのため、朝風呂には入れないことでしょうか。

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2日目は、早朝こそ朝日が差し込みましたが、燧裏林道(通称ひうちうら)に入る7:30を過ぎると薄曇に。めざすは三条ノ滝、片道約3時間半の行程です。燧裏林道最大の湿原上田代(1610m)と三条ノ滝展望台(1280m)との標高差は330m。尾瀬ヶ原のような湿原の大パノラマと違って、樹林帯を通り抜けながら点在する中小の湿原をトレッキングするコースになります。起伏こそ乏しいものの、7:30に御池登山口を入って三条ノ滝で折り返しても、往復7時間以上掛かります。途中、シボ沢に架かる吊り橋「裏燧橋」は絶好の休憩ポイントです。

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その先、兎田代からはかなりの勾配を下って三条ノ滝へ。滝の水しぶきの音を聞きながら展望台へと進みます。ここがコースの最大の難所、三条ノ滝展望台には鉄鎖のついた急勾配の階段で降下します。10時30分過ぎに到着、空を仰ぐと少しずつ晴れ間が見えてきました。ここで少し早めの昼食休憩に。山口からやってきた学生さん、初めてのトレッキングらしい西東京市からやって来たご夫婦、みなさん思い思いに展望台から落差100mを誇る名瀑(wikiには日本三大名瀑とあります)を眺めていらっしゃいました。好天だと決して広くはない展望台はかなり混雑しそうです。この三条ノ滝ー御池往復に加え赤田代を中継地に選ぶと、かなり駆け足のトレッキングになりそうです。往路、赤田代の温泉小屋からスタートして御池に向かうパーティ複数とすれ違いました。鳩ノ巣スタートにせよ、御池スタートにせよ、三条ノ滝〜赤田代周辺までは長丁場、容易に近づけないところがこの名瀑の魅力に他なりません。

御池に戻って、御池ロッジ併設の「尾瀬ブナの森ミュージアム」(入場無料)に立ち寄りました。地下の尾瀬大型ジオラマはとても見応えがあります、御池起点の登山やトレッキング終了後に立ち寄れば、コースの地形や高低差が分かって大変便利です。燧裏林道には「田代」という地名がたくさんあります。不思議に思っていたこの点も、パネルの説明で氷解。「田代」とは尾瀬に点在する中小湿原の別称なのだそうです。

今回、散策がてら、貝殻が5センチ以上にもなるという大変珍しい左巻きのカタツムリの写真を狙っていたのですが、遭遇は叶いませんでした(写真は小型の右巻きカタツムリでした)。ミュージアムのスタッフさん曰く、梅雨時によく見かけるのだとか。「チャイロヒダリマキマイマイ」と次回こそ出会いたいものです。

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雨天の燧ケ岳登山〜ふたつのポイント・オブ・ノーリターン〜

9月19日、早朝4時に登山仲間Iさんと杉並区今川で合流し、尾瀬御池ロッジに向かいました。めざすは東北以北最高峰の燧ケ岳(2356m)、至仏山とともに尾瀬を代表する百名山でもあります。数日前から天気がすぐれないので、決行か中止かずいぶん迷いましたが、当日午前中は曇り空の予報でしたので、車で東京を出発。通常、4時間かかるところ20分早く現地に到着し、空模様を確かめた上で初日登山敢行と決めました。過去、富士山7合目あたりまで小雨のなか登山したことはありますが、全行程雨覚悟は初めてかも知れません。

今回のように荒天が予想される場合でも、中止を強く躊躇う気持ちが支配的でした。理由はいくつかあります。1)会社に休暇願いを提出済み(同行者の事情)、2)宿は手配済み(キャンセルフリーでしたがハイシーズンの予約は困難)、3)パッキング済み(当たり前)、4)空模様は現地で判断したい(予報が改善することを暗に期待)といった事情が逸る気持ちを決行へと誘います。今回、東京を出発した時点で、半ば、燧ケ岳登山は既成事実になっていたのです。元の状態に戻れないとされる時点を”point of no return”と云いますが、現地で曇り空を確認した時点で気持ちは決行、引き返せなくなっていたようです。


登山を開始して、順調に広沢田代、熊沢田代と傾斜湿原を抜け、燧ケ岳五峰のひとつ、俎嵓(まないたぐら)(2346m)に到達しました。途中、小雨に降られる程度で心配したガスも視界を著しく遮るほどではなかったのですが、俎嵓から周囲は全く見通せません。我々以外に、若者がひとり岩場で休憩しているだけでした。雨天の登山者がこれほど激減するとは驚きでした。15分足らずで行けるはずの最高峰柴安嵓(しばやすぐら)もまったく見えません。祠と二等三角点のある山頂を容赦なく強風が襲います。風速は15〜16mぐらいだったでしょうか。強風に身を晒していると体温をどんどん奪われていきます。長湯は禁物とばかり、めざすは柴安嵓!登山道を急ぐことに。ところが10分ほど下っても一向に上り道に転じません。曇った眼鏡越しに見えたのは9合目というステップの表示、ここでようやく長英新道を下っていることに気づきました。Iさんに引き返すようお願いして岩場を俎嵓まで逆戻り。ここで、徐に地図を拡げてコンパスで方位を確認した上で、岩の赤い矢印とともに「ハラ(尾瀬ヶ原の略)」書かれた方角へと方向転換し、なんとか柴安嵓にたどり着けました。御池ピストン組は「ヌマ(尾瀬沼の略)」と書かれた矢印に決して従ってはなりません。ミニ迷走時間も含めて、半時ほどがロスタイムになった計算です。

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俎嵓から柴安嵓までのコースタイムを意識して、かろうじて引き返せましたが、どんどん下っていったとすると、宿泊先の御池ロッジに日没までに戻ることは出来なかったでしょう。長英新道の9合目或いは8合目あたりが、ふたつ目の”point of no return”だったに違いありません。迷走から解放されたせいでしょうか、山頂ハイマツの蔭で飲んだカフェオレが最高でした。尾瀬沼こそ見えませんでしたが、尾瀬ヶ原は雲間から捉えることができました。ようやく冷え切った身体も生気を取り戻し、本格的に降り出した雨のなか、下山を急ぎ、16:30には元来た登山口に戻ることができました。

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出発地や現地での気象条件の判断、視界が遮られたときの登山道の確認など、雨天だからこその貴重な経験が積めたことは確かです。「中止の決断」が正しかったのかも知れないと思いつつ、雨天の燧ケ岳登頂から天候急変時の対処方法を学んだ気がします。

素敵な贈り物「八街生姜ジンジャエール」


先月、知人の学芸員さんからお届け物がありました。高島屋の包装紙を開くと、小粋なボトルが10本(1本250ml)現れ、レトロな雰囲気のラベルには「八街生姜ジンジャエール」と書かれています。千葉県八街市といえば落花生、同封されていたパンフを読むと、生姜も全国有数の産地なのだそうです。知らなかった。漠然と生姜が身体にいいことは分かっていましたが、パンフには万病に効くとあります。免疫力アップ、発汗・利尿促進による代謝アップ、血圧正常化作用、血液サラサラ‥‥初耳でした。

生姜と聞いて真っ先に思い浮かべるは「ショウガ焼き」、あとは、天つゆに添えられた「おろし生姜」や「はじかみ生姜」くらいしか思い当たりません。俳優に例えれば、バイプレーヤー。その脇役の効能は名優並みだったというわけです。

多様なレシピがあるようですが、家内は焼酎割りが好み、自分は冷えた炭酸で割って飲むことにしています。ビール2:ジンジャエール1の割合でつくるビアカクテル「シャンディ・ガフ」にも惹かれますね。就寝前に飲むとすぐに身体がポカポカしてくるので、冷え性に方にはうってつけです。注意すべきは、ボトルを開栓前に降らないこと!炭酸ですから。溜まった沈殿物は軽く逆さにすればOKだそうです。

効能さることながら、ラベルデザインが秀逸。黄色いストライプ地に落花生ボッチ(野積み)をあしらったレトロな絵柄は、ほのぼのとしていて見ていて飽きがきません。2017年から通年販売を始めたという「八街生姜ジンジャエール」、間違いなく全国区の地域特産品になることでしょう。ありふれた食材も工夫次第で地域活性化の呼び水になることを、八街市は実証してみせました。これからも「八街生姜ジンジャエール」を応援したい思います。