御嶽山登山|9年ぶりに規制解除された王滝口ルートをゆく

日本には111の活火山があります。そのうち、防災のために24時間体制で常時観測・監視されている山(常時観測火山)が50もあります。お盆過ぎの週末、訪れた「御嶽山」(標高:3067m)もそのひとつです。


NHKスペシャル(2014)

長野と岐阜の県境にある「御嶽山」が大噴火したのは2014年9月27日11時52分。2007年3月以来7年ぶりの噴火でした。噴火のわずか1分後には噴煙が剣ヶ峰を覆い尽くしたと云われています。好天に恵まれた紅葉シーズンの真っただ中の土曜日、火口付近に居合わせた大勢の登山者を噴石が襲いました。死者58人・行方不明者5人を数え、戦後最悪の火山災害となったのです。

7月29日、大噴火以降継続してきた山頂付近の長野県側尾根「八丁ダルミ」への立ち入り規制が解除され、9年ぶりに王滝口ルートでの入山が可能になりました。噴火警戒レベルが1と沈静化している今、かねてから登りたかった「御嶽山」をめざすことにしました。都内の自宅から「田の原登山口」までクルマで4時間以上かかります。お盆過ぎの週末、伊那市内で前泊して、翌朝3時過ぎにホテルを出発しました。真っ暗闇のなか次々とトンネルが現れます。その代表格は伊那谷と木曽谷を結ぶ「権兵衛トンネル」(4467m)です。未明に後続車は殆どなくカーナビ頼りの走行は実に心細いものでした。島崎藤村の「夜明け前」の書き出し<木曽路はすべて山の中>が何度も頭を掠めました。

登山口(標高2160m・七合目)駐車場に着くと、テント組や車中泊組がそこかしこで登山支度を始めています。登山開始は5時30分。立派な鳥居が登山口にあたり、真正面にめざす「御嶽山」が聳えています。富士山や白山(立山)と並んで日本三霊山に列せられるだけあって、少し歩くと右手に遥拝所があり、登山道の随所で霊神碑や祠を見かけました。御嶽山登山の歴史は古く、天明2年(1782年)に覚明行者が黒沢口登山道を、寛政4年(1792年)には普寛(ふかん)行者が王滝口登山道を開き、御嶽講社の基礎を築いたのだそうです(「御嶽神社」のパンフレットより)。霊山・「御嶽山」は本来なら精進潔斎して臨むべき山、「登拝」の精神を以て鳥居をくぐる度に脱帽・一礼を欠かさないようにしました。明治十年代まで大江権現(八合目)が女性の結界とされていたそうです。かつては女人禁制の山だったわけです。

約1時間で「八合目石室避難小屋」に到着するともう森林限界、振り返ると木曽谷を優しく包み込むように雲海が拡がっていました。そこからは一気にガレ場になります。早朝だけに見られる幻想的な雲海は格別の景色です。

九合目あたりから火山性ガスが鼻をつくようになります。王滝頂上にある「御嶽神社」でお参りを済ませ、先へ進めば「八丁ダルミ」です。視界が効かないので下らずしばらく佇んでいるとガスが消えて、「剣ヶ峰」が全貌を現しました。9年の間に山肌を覆っていた大量の灰は雨や雪で洗い流されたのでしょう、噴火前の土色を取り戻していました。「剣ヶ峰」手前には「御嶽山噴火災害慰霊碑』が建立され、その右手に箱型シェルターが3基設置されていました。噴火前は「御嶽頂上山荘」があった場所です。居合わせた登山者らと共に慰霊碑の前で手を合わせ黙祷しました。

登山開始から2時間半足らずで山頂に立つと抜けるような青空が拡がっていました。「剣ヶ峰」からもうひとつのピーク「摩利支天山」(2959m)をめざして黒沢十字路へ下り、「二の池ヒュッテ」で小休止。ヒュッテ名物・担々麺を求めて次々と登山者が訪れます(10時からの数量限定の提供だそうです)。OLを経て小屋オーナーになったという高岡ゆりさんからヒュッテ周辺に2組8羽の「雷鳥」が生息していると伺い、俄然、テンションが上がりました。

日本最高所の火口湖「二ノ池」(2905m)は2014年9月の大噴火で火山灰が流入して消失、荒涼とした砂漠のような景色に変貌していました。噴火前、エメラルドグリーンの水を湛えた美しい火口湖だったとは想像すら出来ません。「賽の河原(サイノ)避難小屋」まで進むと、ガスに包まれていた眼下の「三ノ池」が少しずつ姿を現しエメラルドグリーンの湖面が浮かび上がると、歓声と共にシャッター音が鳴り響きます。猛々しい御嶽山の産物とは云え、対照的な景色に大自然の不思議な営みが看て取れます。

岩稜帯の先にある「摩利支天山」の頂でランチ。耳を澄ますとピィーピィーと雷鳥(幼鳥)の鳴き声が聞こえます。岩稜帯で営巣している親鳥がいるようですが、姿は見えません。「サイノ河原」から上り坂を進み「二ノ池」に差し掛かろうとしたとき、岩の上に立つ「雷鳥」(メス)一羽を発見、少しずつ距離を狭めて静かに見守ることにしました。叢からときどき幼鳥が顔を出すのですがすばしっこく動き回るので親子写真のシャッターチャンスがなかなか訪れません。しばらく観察していたら雷鳴が轟き始めたので先を急ぐことにしました。天敵を避けるためカミナリが鳴るような時に活発に活動することから「雷鳥」と呼ばれます。その通りの展開になったのです。

「9合目石室避難小屋」で通り雨に遭って雨具を身に着けましたが、ひどく降られず14時過ぎに登山口まで戻って来られました。途中、遥拝所社務所で頂上奥社のご朱印を頂き、登山の無事に感謝しお参りを済ませました。時間切れで「御嶽山ビジターセンター(やまテラス王滝)」(2022年8月27日開館)をじっくり見学する余裕がなかぅたことが悔やまれます。噴石から避難者を守った王滝頂上山荘の看板をはじめ、興味深い展示が多数ありました。

駐車場を出発して帰路につくやいなや、雹混じりの猛烈な雷雨に見舞われ、一時立往生を迫られました。クルマなら半時もかからない曲がりくねった山道も御嶽山の登山道の一部だと知りました。一合目に当たる山麓には立派なお社・御嶽神社里宮があります。御嶽山周辺にはコマクサの群生地として知られる継子岳をはじめ北部にも魅力溢れるスポットやトレッキングルートが存在します。紅葉の時期に「五の池小屋」に宿泊するなど、今回とは違ったアプローチも試みたいと思っています。