5月5日、WHOが「国際的な公衆衛生上の緊急事態」を3年3ヶ月ぶりに解除しました。世界的に見ても、長いトンネルを抜けて漸くコロナ禍が収束に向かっているのでしょう。我が国でも、5月8日から新型コロナウイルス感染症分類が2類から季節性インフルエンザと同等の5類に移行しています。
歌舞伎座公演は、今年の「鳳凰祭四月大歌舞伎」からコロナ前の昼夜2部制に移行し日常を取り戻しつつあります。「六月大歌舞伎」からは一幕見がリニューアルされて再開するそうです。日本の伝統文化に触れたい外国人旅行者には吉報です。これまで辛抱を強いられた役者さんや舞台関係者のことを思うと、一刻も早く客足が戻って欲しいものです。
2部制復帰となると、観客もコロナ禍以前の鑑賞リズムを取り戻す必要があります。2回の幕間を挟んで4時間超えの上演ですから、それなりの集中力が求められます。2023年團菊祭の演目は、「寿曽我対面」、「若き日の信長」、「音菊眞秀若武者」。お正月に演じられることの多い「寿曽我対面」は、十郎・五郎を演じた右近と松也の2人が好取り合わせ。工藤祐経役・梅玉の声がくぐもって3階席まで届かないのに対して、十郎・五郎を手引きする小林朝比奈を演じた巳之助の口跡は文句なし。中堅・若手の溌剌とした演技が光った舞台でした。
「若き日の信長」の原作者は大佛次郎。うつけ者呼ばわりされる信長(團十郎)の秘めたる覚悟が後半明らかになります。雷鳴轟く桶狭間の戦い前夜、信長は、幸若舞『敦盛』を謡い舞って自らを奮い立たせ輩下の士気を取り戻します。初めて観る演目でしたが、團十郎信長の「敦盛』は絵になります。<人間五十年 下天のうちを比ぶれば 夢幻のごとくなり ひとたび生を得て 滅せぬもののあるべきか>、幾度聴いても心に響きます。天上世界の悠久の時間と比べれば、人の一生など刹那に過ぎません。信長は今川の大軍を前にして何事も死ぬ気で取り組めと自らを鼓舞したに違いありません。
最後の演目は菊五郎のお孫さん・眞秀君(10歳)の初舞台。シャネルがサポートしたというカラフルな祝幕が祝祭にふさわしい華やぎをもたらしてくれます。前半、咲き誇る藤棚を背景に女童として登場した初代・尾上眞秀が舞を披露し、菊之助に團十郎が加わって音羽屋さんの慶事を盛り立てます。後半は若武者姿の眞秀君が狒々退治に挑む番です。厳しいお稽古の賜物なのでしょう、見得も立ち回りも様になっていて将来が誠に楽しみです。
正面ロビーには、眞秀君のお母様・寺島しのぶさんとフランス人のご主人が挨拶に立たれていました。昨年末の團十郎・新之助襲名披露を皮切りに、開場10年目を迎えた5代目歌舞伎座の年後半の演目に期待が膨らみます。