新型コロナウイルス感染防止対策の一環として歌舞伎座(客席数:1808席)が続けてきた収容人数の制限が、「八月納涼歌舞伎」から大幅に緩和されました。7月公演までは間隔を設けた2席並びでしたから、販売対象の客席数は7割から9割7分へと満席近くまで増えた格好です。これまで歯抜け状態の客席を前にして得も言われぬ悲哀を味わってきたのは他ならぬ役者さんたちです。舞台からの寂しげな眺めばかりは客席から想像するしかありませんが、役者さんにとってさぞや長くて辛い日々だったことでしょう。それでも尚、花道両脇の客席はひき続き販売されませんし、客席での食事や大向こうもNGのままですが、平時の賑わいが戻ってきてくれれば大きな前進です。舞台関係者の歓びもひとしおでしょう。
「八月納涼歌舞伎」は第二部を観劇しました。3階A席最前列から階下を覗いてみると客席は8割方埋まっていました。3年ぶりとなる幸四郎X猿之助の「東海道中膝栗毛 弥次喜多流離譚」がダントツの一番人気。第二部は馴染みの薄い演目でしたので空席が目立つのではと心配していたのですが、まったくの杞憂でした。
前半の『安政奇聞佃夜嵐』は明治時代の脱獄事件に範を取った世話物でした。目まぐるしい舞台転換が災いし結末まで余韻を感じる暇がありません。佃島から島抜けする囚人を演じた幸四郎X勘九郎コンビがとぼけた味わいを醸して好演だっただけに、演出にもうひと工夫欲しかったところです。
後半の『浮世風呂(うきよぶろ)』は初めて観る演目で30分足らずの舞踊でしたが、前半演目と主従逆転するかのような猿之助の独壇場でした。猿之助X團子の澤瀉屋コンビがそれぞれ三助政吉と女の姿を借りたなめくじを演じます。血筋が何よりもモノを言う梨園にあって、中年を過ぎたお父さんの中車(香川照之)さんと共に突如歌舞伎界に入門した團子さんはこれまで辛酸を嘗めてきたはずです。中車さんが前妻と離婚したのも周囲の心ない中傷が原因だったと囁かれています。そんな團子さんも今や大学生、猿之助さんの指導宜しく、三助に恋するなめくじという難しい役どころ(女形)に挑戦し、成長の著しさを強く印象づけました。
明け方の風呂屋「㐂のし湯」が湯煙でかすんで見えたのは気のせいでしょうか。舞台中央にピラミッドのように積み上げられた風呂桶が舞踊に欠かせない粋な小道具になっています。猿之助丈ならではの軽妙洒脱な舞踊は観客を片時も退屈させません。塩で撃退された異形の女なめくじがすっぽんから消えると、舞台には鯔背な若い衆8人が現れ、トンボを切ったりしながら三助姿の猿之助と絡み合います。幕切れは積み上げられた風呂桶の頂点で猿之助さんが片足立ちして決めポーズです。いやあ、面白かった。舞踊というと付け足しのような印象が先行しがちですが、四代目市川猿之助演じる「澤瀉十種」のひとつ『浮世風呂』は絶品です。