NHK・ドラマ10『正直不動産』がNHKプラスで記録的再生回数を叩き出しているそうです。朝ドラや大河を除けば歴代最高値だそうです。全10回放送終了後の6月14日、『正直不動産 感謝祭』と銘打って、キャストや制作スタッフを招いて異例の制作秘話まで披露するという手回しの良さ。NHKらしからぬ視聴者サービスに吃驚しています。『感謝祭』でインテリ俳優・山Pが業界特有の専門用語を覚えるのに苦労したと述べています。山Pに限らずキャスト全員が、誰しも一生に幾度か関わる不動産取引関連用語に疎いという現実に唖然としています。「埋蔵文化財包蔵地」はともかく、「インスペクション(住宅性能診断)」や「ペアローン」の連帯保証といった基本事項は最低限押さえておきたいものです。
ドラマは、街の不動産屋「登坂不動産」に勤務する主人公・永瀬財地(山下智久)と新人社員・月下咲良(福原遥)を中心に展開します。営業成績トップだった永瀬がふとしたきっかけで嘘をつけなくなり、(一陣の風が吹くと)顧客の前で本音を語り始めます。不動産業界は聞きしに勝る「千三つ」の世界。顧客を前に本音トークすれば、成約できようはずもありません。それまで嘘八百を並べ成約を重ねてきた永瀬の営業成績は急降下し、もがき苦しみながら、番組タイトル「正直不動産」屋へと成長する物語です。賃貸にせよ売買にせよ、永瀬の本音トークに翻弄されながら、不動産をめぐって悲喜こもごもの人間ドラマが生まれます。
不動産という身近でいて奥深く難しいテーマを扱いながら、エンタメ性を融合させた制作スタッフの手腕は高く評価されて然るべきだと思います。一方、啓蒙番組として見た場合、まだまだ手ぬるいと感じます。戸建てにせよマンションにせよ、人生における最も高額な買い物は自宅購入です。賃貸であっても、敷金、礼金、仲介手数料、引越し費用等を考えれば、最低でもお給料の2ヵ月分くらいが瞬時に吹き飛びます。にもかかわらず、大多数の人が不動産取引に伴うリスクや手数料体系などに不知で、仲介業者の言われるままにマンションや戸建て住宅の売買契約や賃貸契約を締結してしまいます。さらに難しいのは、介護や相続を理由にやむなく所有不動産を売却する場合です。
心温まる人間ドラマとしての側面は捨象して、不動産業界に潜む悪しき慣行の話をしたいと思います。不動産業界に巣食う最大の問題点は番組でも少し紹介された「両手取引」です。業界大手・東急リバブルや三井のリハウスを通じて不動産を購入する場合、両社とも売主・買主双方から仲介手数料を徴収します。3%(+6万円)はあくまで上限です。交渉の余地があることは知っておきましょう。仲介業者は法令で禁止されている物件を事実上「囲い込み」、自社主導で取引が完結するよう動きます。1億円の中古マンション売買と仮定した場合、成約すれば300万円X2+6万円X2=612万円の仲介手数料が転がり込んでくる計算です。となれば、なるべく早く商談を成立させて(お客の気が変わらないうちに)、代金を工面できそうな買主の意向を汲んで、高く売りたい売主を説得に掛かります。万一、商談成立が長引けば機会損失にも繋がるので、買主目線が9500万円で譲らないようであれば、売主には「この辺りが実勢相場で1億円の成約は難しい」ことをことさらに強調します。逆に、売主が頑なに1億円を譲らないのであれば、「近隣で二度とこんないい物件は出てこないので1億円でお願いします」と買主を説得します。いずれにせよ、買主と売主は、<安く買いたい VS 高く売りたい>と利害が対立する当事者ですから、「両手仲介」は利益相反の温床なのです。
マンション賃貸のケースにおいては、専ら管理契約を締結している大家の意向優先で、賃借人の意向に耳を傾ける仲介業者は皆無と言っていいでしょう。最近は現状回復をめぐるトラブルを回避するため、賃貸借契約に「ハウスクリーニング費用負担特約」や「鍵交換費用負担特約」を盛り込み、賃貸人は巧みに費用請求してきます。記載された金額が妥当かどうか、納得できる金額なのか事前にキチンと検討すべきです。契約当事者は本来平等の立場で契約締結を期して交渉すべきですが、実際、賃借人の立場は列強から不平等条約を迫られた明治新政府と変わらなかったりします。
不動産を購入する場合、住宅ローンを利用する人も多いと思います。法定の登録免許税はともかく銀行や業者が指定する司法書士が要求してくる手数料にも目を光らせておくべきです。法に抵触しない範囲で司法書士と銀行や業者の間で少なからずバックマージンの遣り取りが行われています。スーパーで買う肉や野菜の価格は知っていても、司法書士の手数料体系を知らない人が大半ですから。
不動産は人生最大の買い物ですから、数千万円~1億2億の売買代金の遣り取りをするうちに次第に金銭感覚が麻痺してきます。そこで、一桁少ない手数料の支払いに頓着しなくなるのが一番危険です。NHK・ドラマ10『正直不動産』はいいドラマでしたが、NHKが不動産業界に忖度しているのか、業界暗部への切込みはなお不十分です。原作漫画はもう少しシニカルな内容だと聞いています。次回作が期待されているようですから、視聴者がヒリヒリするような辛口ドラマで業界関係者の心胆を寒からしめて欲しいものです。