創立120周年を迎えた大和証券さんからコンサートの招待状を頂戴しました。これがとんでもないプラチナチケットで、思わずほくそ笑んでしまいました。招かれた記念特別公演@東京オペラシティ(タケミツホール)は、佐渡裕指揮・新日本フィルと反田恭平さんの夢の競演だったのです。今や時の人となった反田恭平さんは、昨年10月のショパン国際ピアノコンクールで日本人として内田光子さん以来51年ぶりとなる第2位入賞を果たした才能溢れる若手ピアニストです。若手ピアニストの登龍門・ショパンコンクールが開催されるのは5年に一度。2021年はコロナ禍の影響で6年ぶり、3次予選を通過したファイナリストはわずかに12名、その激戦を制して上位入賞を果たした2位の反田恭平さんと4位の小林愛実さんは将来を嘱望されるピアニストなのです。史上初めてライブ配信されたショパンコンクールの予選会の様子を食い入るように見ていただけに、こんなタイミングで生演奏を聴く機会が訪れたことを心から感謝しました。
座席3階L1列のバルコニー席最前方、ご招待に贅沢を言えた義理ではありませんが、お世辞にも良席とは言えません。初めて指揮者やオーケストラを後方から眺めることになったお蔭で、指揮者によるスコアの書き込みや細かいジェスチャーが目に入り、意外なほど楽しめました。前半は、数あるピアノコンチェルトのなかで常にベスト10入りするベートーヴェンの協奏曲第5番《皇帝》でした。ベートーヴェンが難聴に苦しみ家族に宛てて「ハイリゲンシュタットの遺書」を認めたのは1802年、32歳のときでした。どん底の死の淵から蘇ったベートーヴェンが次々と名作を生み出すようになる時期は「傑作の森」(1804年からの10年間)と評され、《皇帝》はその時期に生まれた傑作のひとつです。力強くエネルギッシュな第一楽章から一転、第二楽章は穏やかで温もりの感じられる緩徐楽章となります。緩急自在の繊細な演奏で聴衆を釘付けにし、一気に最終楽章・華やかなロンドのフィナーレへと誘います。指揮者の佐渡裕さんは反田さんの独奏のときはスタインウェイの袖に左肘を添えて、オーケストラとの化学反応を愉しんでいるように見えました。アンコールは期待を裏切らないショパンのピアノ独奏曲「子犬のワルツ」、3階バルコニー席から反田さんの華麗な運指を眺めて悦に入りました。
20分のインターミッションを挟んで、後半は同じくベートーヴェンの《交響曲第7番イ短調》。5番《運命》や6番《田園》のようなタイトルが付されていませんが、通称「ベト7」、「リズムの権化」という愛称もある人気曲です。特に第二楽章(アレグレット)は流麗なメロディ故に映画の挿入曲としてよく用いられます。クラシックが苦手な方でも必ず耳にしたことのあるメロディ=オスティナート(執拗な繰り返し)主題が第二楽章の特徴です。佐渡裕さんは来年から新日本フィルの音楽監督を務められるそうです。50周年を迎えた新日本フィルは、コントラバスやバイオリン奏者に若い女性を起用して名指揮者・小澤征爾さんや山本直純さんに遡る系譜を尊重しながら、新陳代謝を図る狙いなのでしょうか。
音楽監督就任を引き受けたばかりの佐渡さんの意気込みが伝わってくるような後半の演奏でした。ノースコアで指揮棒は一切使わない、身体を駆使した指揮ぶりが印象的でした。アンコールはチャイコフスキーの《弦楽四重奏曲第1番ニ短調|第二楽章》。この第二楽章(アンダンテ・カンタービレ)はチャイコフスキーがウクライナで聴いた民謡に題材を得たと伝えられます。ロシア侵攻でいまだ戦火の止まないウクライナの人々に一刻も早く平穏な日々を取り戻して欲しいとこの瞬間も世界中の人々が願っているはずです。そんな平和への祈りを込めた演奏だと受け止めて厳粛な思いで拝聴しました。同時に、こうして平和裡に至福の時を過ごせる倖せをしみじみ噛みしめたのでした。