最高傑作:最新CM 「サントリー天然水」 X 宇多田ヒカル X 国木田独歩

TV番組は専らタイムシフトで視聴することにしています。CM時間帯を「スキップ=CM飛ばし」できればかなりの時間の節約になるからです。ところが、時々、飛ばすのが勿体ないような秀逸なCMに出喰わすことがあります。そんなときは繰り返し再生して楽しむことにしています。

なかでも、宇多田ヒカルさんが登場する「サントリー天然水」の一連のCMは記憶に残る傑作ではないでしょうか。僅か60 秒にこれほど大自然の魅力を凝縮させたCMを他に知りません。宇多田ヒカルさんの楽曲が美しい映像と見事にシンクロして恰も芸術作品の如しです。

第1作 2016年9月「水の山行ってきた 南アルプス」篇(ロケ地:栗沢山とアサヨ峰)(挿入曲:「道」)

第2作 2017年6月「水の山行ってきた 奥大山」篇 (ロケ地:鳥取県日野郡江府町)(挿入曲:「大空で抱きしめて」)

最新作 2020年4月「光も風もいただきます」篇(ロケ地:甲斐駒ケ岳?)(挿入曲:「誰にも言わない」)

最新作は、見晴らしのいい山中で焚き火で暖をとる宇多田ヒカルさんが詩を朗読するシーンから始まります。オレンジ色のひとり用テントを背にして、彼女はキャンプチェアに腰を下ろしています。テント泊の黄昏どきならこうありたいと思わせる心憎いまでの演出です。焚き火の灯りで文庫本の頁がアップになるシーンなんて俗世の塵埃に塗れた身も心も癒してくれそうです。クモの巣に垂れる朝露、氷柱から零れ落ちる水滴・・・その一滴一滴が渓流に導かれていきます。巨大な滝壺で水しぶきを浴びながら、宇多田ヒカルさんはペットボトルの「サントリー天然水」を口にします。

<月光をして汝の逍遙を照らさしめ、山谷の風をしてほしいままに汝を吹かしめよ>

朗読されるのは、国木田独歩の「小春」(所収:『武蔵野』岩波文庫)という作品に登場するワーズワース詩集の一篇です。独歩は作中でウォーズウォルスと記してしますが、英の代表的ロマン派詩人ウイリアムワーズワースのことです。<月光をして・・・>の下りの前段にも胸に響く一節があります。

<そもそもまたかく祈る所以の者は、自然は決して彼を愛せし者に背(そむ)かざりしをわれ知ればなり。われらの生涯を通じて歓喜より歓喜へと導くは彼の特権なるを知ればなり。彼より享くる所の静と、美と、高の感化は、世の毒舌、妄断(もうだん)、嘲罵、軽蔑をしてわれらを犯さしめず、われらの楽しき信仰を擾(みだ)るなからしむるを知ればなり。>

JR三鷹駅北口に<山林に自由存す>と刻まれた国木田独歩の詩碑(昭和26年3月設置・武者小路実篤筆)があります。宇多田ヒカルさんは最新作のCMで制作チームが用意した詩集ではなく、自身の楽曲「誰にも言わない」の世界観と重なる詩を読みたいと提案、先の詩篇を選んだのだそうです。宇多田さんの瑞々しい感性にただただ脱帽です。締めくくりに、国木田独歩が『抒情詩』に発表した「独歩吟」に収録された<山林に自由存す>全文をご紹介しておきます。

山林に自由存す
われ此句を吟じて血の湧くを覚ゆ
嗚呼山林に自由存す
いかなればわれ山林を見捨てし

あくがれて虚栄の途にのぼりしより
十年の月日塵のうちに過ぎぬ
ふりさけ見れば自由の里は
すでに雲山千里の外にある心地す

眦を決して天外を望めば
をちかたの高嶺の朝日影
嗚呼山林に自由存す
われ此句を吟じて血の湧くを覚ゆ

なつかしきわが故郷は何処ぞや
彼処にわれは山林の児なりき
顧みれば千里江山
自由の郷は雲底に没せんとす