映画『1917 命をかけた伝令』で知る塹壕の正体

舞台は第一次大戦下の西部戦線。通信手段が途絶したため、2人の若きイギリス兵・スコフィールドとブレイクが最前線で戦う友軍部隊に「退却したドイツ軍の追撃を中止せよ」と伝令する任務を与えられます。1600名もの将兵の所属する第2大隊がドイツ軍の撤退と見せかけた罠に嵌れば、壊滅的な被害が待っています。タイムリミットはたった1日、伝令役に選ばれた2人に時間的猶予はありません。

この映画のストーリーは、タイトルが示すように至ってシンプルで際立った目新しさはありません。終始、観客を圧倒するのは過去の戦争映画にはない凄まじい臨場感です、敵兵がどこに潜んでいるか分からない標なき戦場を進む2人にカメラが密着し、観客が分身となって行く手で遭遇する過酷な試練を追体験していくことになります。フライヤーに記された「異次元の映画没入体験」というキャッチコピーに偽りはありません。全篇が伝えられるようなワンカットで撮影されたわけではありませんが、出来上がった映画は確かに長回しのワンカットに見えます。第92回アカデミー賞作品賞を射止めたのは『パラサイト 半地下の家族』でしたが、10部門にノミネートされた本作は有力な対抗馬だったに違いありません。劇場公開日は2年前の2020年2月14日、悔やまれるのは、劇場上映を見逃したことです。

注目すべきは数キロにわたってすべてゼロから制作されたというセットの塹壕です。実にリアルで、もうひとりの主役は塹壕ではないかと錯覚するくらいです。塹壕("trench")とは、戦場で歩兵が銃弾を避けるために自陣に掘った溝のことです。バーバリーアクアスキュータムの代名詞となった「トレンチコート」は、長時間、塹壕で風雨に晒される兵士を守るために開発されたものです。長身の兵士でさえすっぽり身を隠せるように深く堀られた溝の周りには土嚢が堆く積まれ、兵員移動のための交通壕としての役割も果たします。伝令役の2人は兵士たちがひしめく塹壕をひたすら前進します。負傷した兵士や疲弊した兵士が壁に凭れかかるようにして休息をとっています。銃弾が飛び交う戦場で塹壕から顔や手足を露出すれば、敵の餌食になりかねません。塹壕は身を潜める場所でありながら、常に死と隣り合わせの危険極まりない陣地でもあるのです。爆撃機による空爆の前に塹壕は無力ですが、第一次大戦日露戦争塹壕が果たした役割を知る上で、この映画は有用なシーンを数多く提供してくれます。