逆説的戦争映画『アルキメデスの大戦』(2019年)~巨大戦艦大和をなぜ建造したのか?~

タイトルからは、沖縄水上特攻で撃沈された「戦艦大和」建造をめぐる海軍省内の大艦巨砲主義派(大角大臣・平山造船中将・嶋田少将)と航空主兵論派(永野中将・山本五十六少将)の対立をテーマにした映画であることは想像もつきません。アルキメデスと言えば、古代ギリシアの科学者にして、有名な「金の王冠」の逸話で知られています。シラクサ王ヘロンの命で、アルキメデスは王冠を傷つけることなく、比重の概念を利用して金の王冠に混ぜ物が含まれていることを証明してみせます。テコの原理や円周率の計算方法など先駆的な業績をあげたアルキメデスは、優れた数学者でもあったわけです。

主人公の櫂(菅田将暉)は帝大数学科を中退したばかりの100年に1人という数学の天才。山本五十六少将(舘ひろし)は、「戦艦大和」の建造を阻止すべく、建造費の見積もりが出鱈目であることを櫂に再検証させようと企みます。タイトルはアルキメデスの挑戦になぞらえたのでしょうか。省内でそれなりの発言権を得られるよう櫂を主計少佐に抜擢し、課長のポストを与えます。軍人嫌いの櫂は、戦争を阻止するためだと説得されて、渋々任官に応じます。

原作者は代表作「ドラゴン桜」で知られる三田紀房さん、意表をつく展開は三田さんらしい着想ではありませんか。軍機や反対派の妨害行為に邪魔されながらも、櫂主計少佐と補佐役田中少尉(柄本佑)は日夜資料集めに奔走します。しかし、巨大戦艦か空母か最終的な意思決定を下す会議の当日になっても、彼らは十分な反証を固めることができません。

条約派でありながら、日米開戦という最悪のシナリオに備え、山本五十六真珠湾攻撃を構想していたのは史実のとおりです。会議終盤になって、櫂主計少佐は理路整然と提示された戦艦建造費の見積もりが如何に荒唐無稽かを証明してみせますが、名目的な建造費さえ安ければそれで良しとする主流派には一顧だにされず、<数字は嘘をつかない>という櫂主計少佐のモットーは海軍部内では説得力をもち得ませんでした。

万事休すと思われた土壇場に思わぬ展開が待ち受けます。平山造船中将は、櫂主計少佐の船体の剪断力に係る鋭い指摘を無下にすることなく、周囲の説得にも耳を貸さず、自ら設計案を引っ込めてしまいます。会議の結果は航空主兵論派の思惑どおりになるわけですが、ここから先がこの映画の非凡なところです。

古今東西、軍隊や会社にまつわる組織論は枚挙に暇がありません。単なる海軍部内の派閥抗争決着で終わらせないところが、この映画の卓抜な所以です。実在の平賀譲造船総長をモデルにした平山造船中将は、呼びつけられた櫂主計少佐が予想だにしない意見を述べて、諦め切れない巨大戦艦建造への協力を求めます。そこまでして、巨大不沈艦「戦艦大和」は、なぜ建造されなければならなかったのか。

戦艦大和の乗員のひとり、白淵磐大尉は死の意義を次のように語りました(『戦艦大和ノ最期』より)。

「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ」

「敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ハレルカ」

「日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ヂヤナイカ

負け方を知らない日本人は、太平洋戦争を終結させる術を持ち合わせていませんでした。一億総特攻の魁となった「戦艦大和」はアプリオリにかかるミッションを与えられていたのだと考える『アルキメデスの大戦』は、勝つために戦うという常識を根底から覆す逆説的な戦争映画なのです。逆転の発想から構想された『アルキメデスの大戦』は、数ある戦争映画のなかで賞賛に値する佳作だと申し上げておきます。