過去観たことのある韓国映画はたったひとつ、北朝鮮工作員と韓国諜報部員の悲恋を描いた『シュリ』(1999年)だけです。韓国は訪れたことさえありません。2004年頃の「冬ソナ」ブームもまったく心に刺さることなく素通りしていました。韓国映画をことさら毛嫌いする特別な理由があったわけでもないのですが、韓国は、渡航歴のある中国や台湾より近くて遠い国でした。
今月、WOWOWで放映される『パラサイト 半地下の家族』(2019年カンヌ国際映画祭パルム・ドール賞受賞作であり第92回アカデミー賞作品賞受賞作)は見逃すまいと思っていたところ、たまたま金融危機をテーマにした全国紙の映画紹介記事が目に止まり、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』に次いでおススメだった『国家が破産する日』(2019年11月公開)を先に観ることになりました。
この映画は、1997年に韓国を襲った通貨危機をテーマにしています。1997年といえば、三洋証券、拓銀、山一証券など金融破綻が相次ぎ、目を外へ転じればアジア各国を急激な通貨下落を襲った年でもあります。
通貨危機の前年10月、韓国はOECDに加盟します。世界で29番目、アジアでは日本に次いで2番目の栄誉でした。OECD加盟は韓国経済が先進国並みの水準に達した証しであり、映画の冒頭では浮足立つ街角景気が切り取られています。私企業に新入社員が囲い込まれていく様子は、さながら我が国のバブル時代です。
逸早く異変を察知した韓国銀行通貨政策チームの女性リーダーのハン・シヒョン(キム・ヘス)、食器工場の社長ガプス、総合金融会社(日本のノンバンク)を辞めて金融コンサルに転じたユンの異なる三者の眼を通して、忍び寄る通貨危機が克明にトレースされていきます。
つんぼ桟敷におかれたままの国民に真相を伝えるべきだと主張するシヒョンは、財務部次官ハンと事あるたびに対立し、IMFによる救済支援に反対したことから窮地に追い込まれます。IMFが韓国に突きつけた救済条件(緊縮財政・金利引上げ・負債圧縮・敵対的買収容認等)は有無を言わせぬ苛酷なもので、太平洋戦争前夜のアメリカの対日交渉を彷彿させます。やがて、シヒョンはIMFの背後に韓国経済を牛耳ろうと企む米国政府がいることに気づきます。
危機の兆候を敏感に嗅ぎ取ったユンは、投資家を募り、ウォンを米ドルに換えて大儲けを企みます。そこには、<人の行く裏に道あり花の山>の相場格言を地で行く冷静な判断がありました。
チームの仲間に励まされたシヒョンは、残された選択肢はモラトリアム(支払猶予)だと考え、政府の意向に反旗を翻し、事の真相をメディアに暴露します。ところが、政府の走狗と化したメディアはどこもこれを報じません。絶望したシヒョンは辞表を提出し韓国銀行を去ることになります。倒産寸前の大手百貨店に掴まされた手形が紙切れとなり、途方に暮れたガプスは死に切れず、融資先の斡旋を依頼しに辞職したばかりのシヒョンを訪ねます。ふたりは兄妹だったのです。韓国の経済情勢はこの通貨危機で一変し、爾来、国民の自殺率は急上昇したと言われています。
外貨準備高世界第2位とはいえ、GDPの2倍を遥かに超える債務残高を抱える我が国が安泰だという保証はどこにもありません。通貨危機は決して対岸の火事でも他人事でもないのです。通貨危機に瀕して右往左往する韓国政府の姿は、副作用を一顧だにせず土地関連融資の総量規制に踏み込んだ当時の大蔵省や公定歩合を5度にわたって引き上げ金融引き締めの手を緩めなかった日銀と見事に重なります。韓国では半世紀近く経って、政府の犯した過ちを舞台裏から追及する質の高い映画が制作されたわけですが、日本では、第二の敗戦とも呼ばれる「喪われた20年」をもたらした政策当局の過ちに迫るドキュメンタリー映画は未だ陽の目を見ていません。第二の敗戦を徹底的に掘り下げた社会派映画を待望してやみません。