米大統領選挙前夜~NHKスペシャル「揺れるアメリカ 分断の行方」を見て~

世界が固唾を呑んで見つめる米大統領選挙がいよいよ明日に迫りました。激戦州のひとつミシガン州を取材した直前NHKスペシャル(2020/11/1)を見て、今、アメリカで起こっている「分断」という凄まじい現実に震撼とさせられました。映像を通して見た米国の「分断」は、この瞬間も現在進行形で拡大し続けており、「分断」という言葉が喚起するイメージや意味合いを遥かに超越するものでした。言葉が明らかに現実に追いついていないのです。それは、「内戦」を引き起こしかねない切迫した情況なのです。

番組冒頭で銃の講習会に参加する大勢の女性の姿が紹介されます。米国内では自衛に走る市民が銃器店に殺到し、弾薬などの在庫が払底しているそうです。米国の治安は日増しに悪化しています。トランプ陣営では「プラウドボーイズ」と呼ばれる武装した白人至上主義者グループが擡頭し、人種差別抗議運動を展開するバイデン支持者と鋭く対立します。一方、目には目をと言わんばかりに、バイデン陣営の過激なグループはトランプ支持者が自宅の庭に掲げるプラカードや看板を根こそぎ奪うという暴挙に出ます。「プラウドボーイズ」に対抗する勢力は、「アンティファ」と呼ばれています。

バイデン候補は、トランプ政権の下、人種差別が拡大したと批判し、トランプ大統領は「法と秩序」を重視する姿勢を強調し、暴徒化したデモを実力行使によって封じ込める挙に出ます。ラストベルトの典型的住民である穏健な白人労働者層は、トランプ大統領のこうした姿勢を諸手を挙げて支持します。ミネアポリスでジョージ・フロイド氏が白人警官に首を膝で抑え込まれ死亡した事件を契機に拡散した「BLM」(”Black Lives Matter=黒人の命は大事)は、皮肉なことに、穏健な白人労働者層の眼には平穏な日常生活を一転させ「分断」を助長する動きと映るのです。「ALM」("All Lives Matter=すべての命が大事)が、「BLM」のアンチテーゼとして取り沙汰されるという不可思議な光景は、人種問題に無頓着な日本人には到底理解不能なのです。

共和党を支持するある白人労働者の家庭では、マスクを着用せずコロナ感染したトランプ大統領の非科学的態度を疑問視する息子がバイデン支持に傾き、家族の絆にさえ綻びが生じています。ご近所にあって、トランプ支持者とバイデン支持者が反目しあうという状況も今や決して珍しい光景ではないのです。もはや、白人対有色人種という単純な対立軸ではないことを再認識してかからねばなりません。

米大統領選挙前夜のメディア予想では、バイデン候補がトランプ大統領を7ポイント以上引き離して、有利とみられています。こうなると、どちらが当選しても、米国の「分断」にさらなる拍車がかかることは疑いを容れません。敗者が選挙の公正を争って法廷闘争に発展する可能性も十分ありえます。勝者なき大統領選挙の後、世界のリーダー米国が団結力を喪って迷走すれば、コロナ禍で大打撃を受けた世界経済の立て直しは五里霧中に陥ってしまうことでしょう。民主主義の根幹には何より他者の意見に耳を傾けるという寛容さが求められます。大統領候補のふたりが討論会でお互い罵り合うような事態に、真っ当な市民が一番危機感を募らせているのではないでしょうか。