米国社会を蝕むトリクルダウンというウイルス

暴行死したジョージ・フロイドさんへの抗議デモが全米で拡大しています。こうした「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切)」運動に対抗して、「オール・ライブズ・マター(全ての命が大切)」とのスローガンを掲げてフロイド氏を攻撃する動きが活発化しているようです。12日にはアトランタ市で黒人男性がドライブスルーで警官に射殺されてしまいました。暴動へ繋がらないか心配です。

根底にあるには米国の深刻な格差問題です。5月の米国雇用統計はサプライズでした。5月の失業率は13.3%となり、戦後最悪となった4月の14.7%から一転して改善していたのです。事前の市場予測は20%程度の失業率を見込んでいただけに、統計発表後、NYダウは+831.19(+3.16%)で引けました。注意すべきは、白人とヒスパニック系で低下した一方、アフリカ系米国人では16.8%とわずかに悪化し1984年以来の高水準となった点です。

全労働者の約12%を占める黒人労働者は、看護介護、バス運転手、配送など人との接触が多い業種に従事するケースが多く、職を失ったままだというのです。リモートワークになじまない業種だということです。白人と黒人の賃金格差は、平均時給で見ると黒人男性が20.60ドルに対して、白人男性は29.13ドルと40%も上回っています(2019年米経済研究所調べ)。IT企業の雄ツィッター社が全従業員の永久リモートワークを宣言しているのとは対照的な黒人労働者らの過酷な雇用状況です。

米国の構造的な収奪に対するアンダークラスの反乱という解釈は的を得ています。

1980年代のレーガン政権が推進したのが「トリクルダウン理論」に基づく政策(所謂レーガノミクス)でした。トリクル(trickle)とは滴るという意味ですから、かれこれ40年の長期にわたって、米国政府は富裕層や大企業が富めばいずれ庶民も潤うという考え方に基づき、富裕層への減税や大企業優遇策を積極的に推し進めてきました。その結果、思わぬ新型コロナ禍がミドルクラス以下の不安定な暮らしを直撃するだけではなく、生命の危機に晒してしまいました。所得分布で言えば、40年間人口の過半数を占めてきた米国のミドル層が人口の半分にまで減少しています。シャンパンタワーに例えれば、どれだけ上から注いでも下のグラスには行き渡らないということになります。

朝日新聞のインタビューに対して、米起業家でベンチャーキャピタリストのニック・ハーノアー氏は、トランプ政権の下、コロナ危機で武装蜂起が起こるのは必然だと言います。超富裕層のハーノアー氏でさえ、極端な格差社会の出現に尋常ならざる危機感を感じているようです。

2018年の総裁選で敗れた石破茂元幹事長が、アベノミクスは実効性伴わないトリクルダウン経済政策と指摘したのに対して、安倍首相はそんな発言はしていないと否定しています。アベノミクス=トリクルダウンかどうかは議論が岐れるかも知れませんが、米国の経済モデルが破綻している以上、日本も経済政策の抜本的見直しをした方がいいでしょう。大人しい日本人には対岸の火事にしか映らない米国の窮状は、決して他人事ではありません。

12日に成立した第二次補正予算に基づく一般会計歳出額は過去最高の31兆円規模。「アベノマスク」に始まり、「持続化給付金」、観光需要喚起狙った「Go To キャンペーン」といい、場当たり的なコロナ経済対策のもたつきは無様そのものです。アベノミクスがとうに終焉を迎えていることを再認識すべき時期なのでしょう。