『鑑定士と顔のない依頼人』(2013年)の意味深長なラストシーン(ネタバレあり)

振り返れば、公私ともにゆとりを欠いた年にかぎって、映画やテレビドラマの話題作を見逃しているような気がします。2013年12月に日本で公開されたジュゼッペ・トルナトーレ監督の『鑑定士と顔のない依頼人』(英語タイトル: “The Best Offer”)もそのひとつです。つい最近、WOWOWで全編一気に見る機会があって、さすがイタリアの巨匠作品だとひとしきり感心したところです。映画音楽の担当は『ニュー・シネマ・パラダイス』で一躍注目されたエンニオ・モリコーネ。結末シーンに流れる物哀しく切ないメロディは、思いも寄らない顛末を迎えることになる主人公のオークション鑑定士ヴァージル(レフリー・ラッシュ)の憔悴した表情と見事にシンクロします。以下、ストーリーを追っていくことにします(ネタバレありです)。

主人公は、初老のオークション鑑定士ヴァージル。彼は相棒の贋作師ビリーと組んで、主催するオークションを通じて、贋作を高値で売りつける一方、真価を偽った女性の肖像画を次々とビリーに落札させ、自ら手に入れていきます。自宅の秘密部屋の壁一面には、厖大な数の肖像画が架けられています。その私設ギャラリーで過ごすひとときは、ヴァージルにとって何物にも代えがたい至福の時間なのです。ヴァージルは、人間嫌いで食事のときさえ手袋をつけたままという潔癖症の独身主義者としてつとに知られています。

ある日、両親の残した遺産の鑑定を依頼したいという女性クレア(シルヴィアフォークス)からヴァージルに電話が入ります。ヴァージルは、電話連絡に終始し姿かたちを一向に見せないクレアに苛立ちながら、次第に関心を抱くようになり、クレアが住む屋敷に足繁く通い始めます。古色蒼然とした邸宅に、1年前に他界した両親の遺した骨董品や美術品の類いがあるという設定はなかなかに説得的です。引き籠もって顔を見せない依頼人クレアによるヴァージルへの執拗な働きかけは、胡散臭いところだらけなのですが、随所に散りばめられた仕掛けや罠のせいで、経験豊富な鑑定士は術中に落ちていきます。クレアは妙齢の女性、人間嫌いで潔癖症のヴァージルへの色仕掛けもそのひとつです。

鑑定士を引きずり込む恰好の撒き餌が、18世紀に製作されたというオートマタ(機械人形)の部品らしきものの一部。邸宅の床に無造作に投げ出された部品を懇意の修理屋ロバートに持ち込み、すべてを復元できれば巨額の富が手に入るかも知れないと思うようになります。プロ鑑定人の本性を刺激したというわけです。やがて、ヴァージルは壁越しの会話で満足できないようになり、帰るふりをして邸内にとどまり、クレアの姿を盗み見します。美しいクレアに惹かれた独身主義者ヴァージルの恋愛相談の相手は、イケメンの修理工ロバート。ロバートの恋人サラもヴァージルを焚きつけるのにひと役買います。クレアも少しずつ心打ち解け、自室にヴァージルを招き入れるまでになります。クレアはその後身を隠し、ヴァージルは動揺して、またしてもロバートに相談。クレアは、ロバートの推察どおり、邸内の屋根裏部屋で発見され、ヴァージルはとうとうクレアとベッドイン!

ヴァージルはクレアに自宅で一緒に住むことを提案し、私設ギャラリーへも招き入れてしまいます。ヴァージルは引退を決意、ロンドンで最後のオークションを終えて帰宅すると、クレアとともに、肖像画一切合財も消え去っていました。

場面は切り替わり、介護施設で車椅子に乗ったヴァージルは廃人そのもの。回想シーンが次々と登場し、ヴァージルがまんまと騙されたことが明らかになります。クレアの邸宅は、実は近所のカフェの窓際にいつも佇んでいた矮小の女性が所有するもので、圧倒的な記憶力を誇る彼女は外出恐怖症のクレアが外出した正確な回数を証言します。事の顛末は、便利屋扱いされ報酬をピンハネされていた贋作師ビリーが、クレア、修理工ロバートと結託して、ヴァージルを嵌めたというわけです。肖像画すべてが持ち去られた私設ギャラリーに残されていたのは、ビリーが描いたクレアの肖像画だけでした。ヴァージルが怒りに任せて床に叩きつけたカンパスの裏には“ヴァージルへ愛と感謝を込めて、ビリー”と記されていました。

ラストシーンは、クレアがかつて恋人と過ごしたという思い出の地、プラハのレストラン”Night & Day”に入店し、ウエィターの問いかけに「人を待っている」と答えるヴァージルの姿となります。

ヴァージルのみならず観客さえまんまと嵌めたどんでん返しのミステリー映画と結論づけるのは早計です。介護施設でかつての部下から受け取った手紙の束のなかにクレアからの手紙(プラハで待っていますという内容であれば)が紛れて込んでいたとすれば、プラハのカフェレストランへ向かったのは介護施設を去ってかからということになります。身支度を整えたヴァージルの姿は現役時代さながらです。クレアとの濃厚なベッドシーンはカフェレストランで再会した後だとも思えてきます。回想シーンのひとつひとつを並び替えれば、ワーストエンド転じて、ハッピーエンド(絵は喪ったものの最愛のクレアは取り戻せた)の可能性すらあり得るのです。カフェレストランのインテリアは大小さまざまな歯車。回想シーンの時間軸を敢えてあいまいなままにして、観客を最後まで翻弄しようとする監督の目論見がうっすら輪郭を顕してきたようです。

意味深長なラストシーンを前にすると、もう一度いや数回この映画を観てみないことには容易に結論がだせそうにありません。それこそ、巨匠トルナトーレ監督の思う壺なのでしょう。