シネマレビュー「女王陛下のお気に入り」〜時代背景を読み解きながら〜

第91回アカデミー賞の授賞式(日本時間2月25日)の迫るなか、封切りされたばかりの「女王陛下のお気に入り」を真っ白な頭で鑑賞してきました。大本命「グリーン ブック」と並んで本作の下馬評は頗る高く、本年度アカデミー賞最多10部門にノミネートされています。一切、紹介記事の類いを読まずに劇場に足を運びました。第83回アカデミー賞作品賞含む4部門ほか多数の映画賞受賞に浴した「英国王のスピーチ」への連想も手伝って、本作への期待が膨らみます。

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映画の舞台は、名誉革命の後の英国。メアリー二世が天然痘のため死去、ついで王位を継承したウィリアム三世も即位後まもなく落馬で首の骨を折って死去。映画の主役はウィリアム三世の跡目を継いで1702年に即位したアン女王、スチュアート王家最後の国王です。折しも、英国はスペイン継承戦争の真っ只中。主戦派で名誉革命擁護のホイッグ党と和平派トーリー党との対立は激しさを増していきます。史実ではアン女王はトーリー党贔屓でした。一方、1707年にはイギリス史上極めて重要なイングランドスコットランドの合邦が実現します。即ち、「グレイト・ブリテン」の誕生です。こうした時代背景を頭に入れて観ると、本作への理解が深まります。

アン女王(1665-1714)を演じるのはオリヴィア・コールマン。アン女王といえば、サー・ゴドフリー・ネラーが描いた肖像画(写真下のユトレヒト条約記念金貨にも採用されています)が有名ですが、オリヴィアの風貌は肖像画に瓜二つ。肥満体で糖尿病や痛風に苦しめられ、戴冠式では終始車椅子に座ったままだったそうです。ジョージとの夫婦仲は良好で17回も妊娠しながら、流産や死産に祟られ生まれてきた子供もひとりとして成人せず、私生活は薄幸でした。最期(49歳でした)は太りずぎて、正方形に近い棺を用意しなければならなかったと伝えられます。今でも、紅茶の様式と伝えられる<クイーン・アン・スタイル>の創始者のイメージとはずいぶん隔たりを感じます。

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本題の映画に戻りましょう。豪華絢爛な宮廷において、女官長役のレイチェル・ワイズと侍女役エマ・ストーンが、アン女王の寵愛をめぐって熾烈な権力争いを繰り広げます。《ごめんあそばせ、宮廷では良心は不用品よ。》というキャッチコピーさながら、二人の対立は残忍かつ陰湿な様相を帯びていきます。アン女王の閨房で起きる出来事をきっかけに二人の対立は決定的になります。三大女優の熱演は実に見応えがあります。結末にはやや不満が残りますが、作品賞はともかく主演女優賞や助演女優賞の有力候補に挙げられるのも納得です。