週末、東京都美術館で開催中の「バベルの塔」展を訪れました。会期終了まであと1週間(〜7/2迄)、雨天にもかかわらず開館を待つ人々の行列ができていました。
今回の展覧会の目玉は、ピーテル・ブリューゲル1世(同名の息子がいるのでブリューゲル父とも称されます)の作品群と奇想の巨匠と呼ばれるヒエロニムス・ボスの油彩2点です。
まずはご存知「バベルの塔」の方から。最上階の展示室はさながらバベルの館。「バベルの塔」<小バベル>の第一印象は、画集やポスターで見るよりもずっと明るくて均整がとれたものでした。画面中央の水平線を境界として色彩のコントラストが鮮やかなせいでしょうか。細部をクローズアップしてみせて<こんな建造物は構造力学的に成立しない>と指摘する専門家もいるようですが、もとよりブリューゲルはそんなことを気にして描いたわけではないと確信しています。3次元コンピューターグラフィック映像を会場で見せられましたが、蛇足というものです。あくまで鑑賞者の視座を中心に絵画としての完成度を論じればよいのです。
製作意図は、旧約聖書「創世記」にあるように、神の住まいである天に届かんばかりの建造物を建てようとした人間の傲慢への戒めとして、それまで同じ言葉で話していた人々に神は異なる言葉を与え意思疎通をできなくしたことによるとされています。塔が未完成なのはそのためです。バベルとはヘブライ語で混乱を意味します。その延長線上に神が矮小な人類の愚行を断罪する意味もあるという説明がなされます。確かに合理的な説明ですが、惜しまれつつ世を去った美術史家若桑みどりさんの『絵画を読む』には異論が紹介されています。当時のアントウェルペン(英語ではアントワープ)は国際商業拠点でもあり、現地語のフラマン語だけではなく英仏語をはじめ多言語で聖書を含む出版物が刊行されていたのだそうです。ブリューゲルは言語が分裂することで宗教も分派分裂することを危惧して、信仰を或いは言語を一にすることを切望したのだという主題にも説得力を感じます。
建設現場の労働者を中心に1400人もの人が描かれていることを確認しようと目を凝らしましたが、かろうじて群像が確認できただけでした。一歩下がった場所からアートスコープで細部を拡大し、はじめて人々の姿だけではなくクレーンやトレッドミルまで緻密に描かれていることが分かります。小バベルの背後に設置された縦横3倍にした複製画(東京芸大製作)を見ると、細部まで精緻に描かれていることが再確認できます。ウィーン美術史美術館にある「バベルの塔」(サイズが<小バベル>の4倍ありますから<大バベル>と呼ばれます)は現地で数回見たことがありますが、完成度においてボイマンス美術館蔵の小バベルが格段に勝っています。高い場所から俯瞰したような構図は神の視点そのものです。マクロの視点とミクロの視点が巧みにブレンドされた傑作だと改めて思いました。ブリューゲルが残した油彩はわずか40点ぐらいですから、日本で代表作のひとつ<小バベル>を二度と拝むチャンスはないでしょう。
ヒエロニムス・ボスの影響を受けたブリューゲルの版画も見応えがありました。ヒエロニムス・コックに委嘱されたという連作「7つの大罪」が印象的でした。前後しましたが、ホワイエには大友克洋さんが手掛けたINSIDE BABEL2点(下画像がその1点です)が展示されています。バベルの塔の内部が描かれていて細部にこだわった大友画伯らしい作品でした。会場外に設置したのは失礼ではないかと憤りを感じます。クールジャパンを代表するのは漫画やアニメ、マスターピースの翻案を芸術作品より一段下に見ているようで美術館の見識を疑います。
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