手書きポップに惹かれて@ブックファーストアトレ吉祥寺店

書店の新刊書コーナーや企画コーナーで出来栄えのいい手書きポップを見つけると、丹念に読むことにしています。ポップとはPoint of Purchase Advertisingのことですから、一見して潜在読者層を引き寄せる魅力を備えていないとそもそも体をなしません。その魅力とは、キャッチーなコピー、丁寧で分かりやすい手書き文字、色使いといったところでしょうか。


週末、訪れたブックファーストアトレ吉祥寺店で素敵なポップを見つけたので紹介しておきます。旅先に持参したくなるような本の紹介コーナーの棚で目を引いたのは、須賀敦子さんの『霧のむこうに住みたい』でした。須賀さんの代表作「ミラノ 霧の風景」を彷彿とさせるブックタイトルですが、単行本未収録の短いエッセイが詰まっています。生前、須賀さんはタイトルになった「霧のむこうに住みたい」というエッセイが一番好きだと語っていたそうです。馴染んだ街のなにげない日常のワンシーンを切り取ったようなエッセイからは、今にも溢れんばかりの風景との対話がこだましてきます。懐かしい過去への追想や未来への仄暗い予感が交錯し、縦横無尽に時間軸を行ったり来たりするところがいかにも須賀さんらしいところです。そして、その場の空気や匂いや手触りを的確になぞってみせるのです。ひと言で云えば<空気感>とでもいうべきものでしょうか。「なんともちぐはぐな贈り物」という一篇を読むと、トラブルに見舞われたイタリア人青年とヘルプを頼まれた須賀さんが直面した出来事をその漏らさず追体験できること請け合いです。その場に居合わせたような錯覚さえ読者にもたらすあたりが、須賀さんの魔法なのかも知れません。ガイドブックや地図を持たない旅にこそ、須賀さんのエッセイをお供させたいものです。

<この本の担当に菓子折りを贈りたい>と切り出したポップの書き手は、<須賀敦子の静かで、抒情に満ちた文章をどうぞ>と結んでいます。読者のひとりとして、江國香織さんのあとがきも本編同様、おすすめですとつけ加えておきます。