「スポットライト 世紀のスクープ」を観て〜地味さに好感〜

今年の第89回アカデミー賞授賞式で起きた前代未聞のハプニング、息を呑んで発表の瞬間を待っていた候補作の関係者はもちろん映画ファンもさぞや驚いたに違いありません。注目度の最も高い作品賞発表の場面で、プレゼンターが受賞作「ムーンライト」を誤って「ラ・ラ・ランド」と発表したわけですから収まりがつきません。原因はどうやら直前に表彰されたばかりの主演女優賞の封筒が再度プレゼンターに手渡されたことにあったようです。

この時期になるとWOWOWアカデミー賞特集と称して過去のアカデミー賞を放映します。遅らばせながら昨年度の作品賞と脚本賞に輝いた「スポットライト 世紀のスクープ」を観ることが出来ました。2003年にボストン・グローブ紙がピューリッツア賞(公益部門)を受賞し広く世に知られたので概ねストーリーは承知していましたが、期待に違わぬ出来栄えの映画でした。

映画は、2001年の夏、取材の主戦場となるボストン・グローブ紙に編集局長バロンが着任したあたりから始まります。マイアミからやってきたユダヤ人のバロンは社交が苦手で寡黙な堅物。髭面で何を考えているのかさえ判然としない彼が、突如、地元のカトリック教会神父による性的虐待事件(sexual abuse)を詳しく掘り下げる方針を打ち出します。同紙の定期購読者の53%がカトリック信者という事情を考えれば、カトリック教会という聖域に切り込んでスキャンダルを暴くことは地方紙グローブにとって返り血を浴びるか、場合によっては致命傷になりかねないチャレンジです。映画タイトルの「スポットライト」とは、同紙の看板ともいえる特集報道欄のことです。ロビーをチームリーダーとする記者4人は、新任局長の命を受けて極秘裏に取材を重ねていきます。


取材開始後まもなく9.11同時多発テロが起きて取材班は中断を余儀なくされます。しばらくして取材が再開すると、記者たちは連日被害者や弁護士を訪ねて町中を奔走します。そしてある日、若い記者がとうとう決定的な証拠を発見します。ところが、デスクのロビーは直ちに記事にはできないと宣言して、証拠を探り当てた記者はひどく落胆して上司をなじります。教会ぐるみの組織的隠蔽システムを暴かない限り、枢機卿が謝罪して幕引きとなることを幹部は怖れたのです。「私たちの仕事はそんな記事を書くことだ」とバロン局長は記者たちを鼓舞します。若い記者を率いるロビー自身はやがて過去の取材で重大な真実を見落としていたことに気づきます。

最後まで劇的場面は一切ありません。記者たちは湧き上がるであろう憤りや悲しみを封印してひたすら取材を続けます。そして、映画は取材記事が紙面に掲載されたところであっけなく幕を閉じます。カトリック教会やその幹部を断罪する場面も登場しません。長期間にわたって隠され続けてきた真実に迫りながら、記者たちは信仰の拠り所を冒涜してしまうかも知れないという危惧感を抱きながら、性的虐待の背景にある神父たちの特殊な境遇にも思いを馳せます。報道の正義を決して振りかざさない記者たちの地道で誠実な取材活動こそ、この映画の実相なのです。地味という形容こそこの映画への最高の賛辞かも知れません。劇的な瞬間はエンドロールになって訪れます。地道な調査報道がもたらした衝撃的な結末に誰もが目を奪われます。映画タイトル「スポットライト」が社会に深く潜む闇を照らし出す一筋の光だったことを知り、ジャーナリズムかくあるべしと思うのでした。