国立大学授業料「2割増し」に異議あり

今年3月、文科省の審議会で慶應義塾大学学長の伊藤公平委員が国立大学の授業料を私立大学と同程度の150万円まで引き上げるべきだと提案して以降、俄かに大学授業料引き上げの機運が高まっています。伊藤氏は、「大学教育の質を上げていくためには、公平な競争環境を整えることが必要だ」とその理由を述べています。現在、省令が定める国立大学の年間授業料の「標準額」は53万5800円(2005以降、据え置かれています)ですから、提案された値上げ幅は現行授業料の2.8倍に相当します。その流れに便乗するかのように、東大が2025年度から授業料「2割増し」を実施すると報じられています。一方、下のグラフが示すように、家計の可処分所得は90年代後半をピークに下降曲線を描いています。


出典:東京新聞「大学授業料と可処分所得の推移(1975~2019)」

従来より国公立大学の授業料は一律だと思っていたのですが、一連の報道を通じて先の53万5800円があくまで「標準額」に過ぎなかったことを知り、愕然としました。「標準額」の20%まで各大学の裁量で授業料を引き上げることができるのだそうです。現に、2019年に東工大東京芸大が口火を切った結果、千葉大東京医科歯科大学東京農工大一橋大学が続き、現在、総計6大学が値上げした恰好です。因みに、東工大の年間授業料は、2019年度から、学士課程、大学院課程共に63万5400円に改定されています。院生の次男が通う東京医科歯科大学は、2020年度から学士課程の授業料を64万2960円に引き上げていますが、大学院課程は据え置きだったので、とりあえず救われました。忌々しいのは、医科歯科の場合、在学中に授業料が改定されれば改定時から適用対象となることです。値上げ幅や在学中における授業料改定の有無は、各大学の裁量に任せられてますから、大学入学時に在学中に支払うべき大凡の授業料総額さえ予測できないことになります。

在学中、授業料に加え20歳になれば国民年金の負担が生じます。幼稚園・保育園から最高学府まで、塾や予備校の費用も含めると、世帯年収に占める教育支出の割合は年々上昇する一方なのではないでしょうか。家計に占める教育費は平均15%と言われていますが、懐疑的な数字に映ります。学部生の奨学金利用率は35%、この数字からも学生の経済的窮状が窺えます。新年度から大企業を中心に賃上げが加速したとはいえ、コストプッシュインフレが進行する最中、教育費の高騰は家計を限界に近いところまで圧迫しているように思います。家計も大学収支も悪化の一途ですから、双方痛み分けの窮状なのです。「もう限界だ」と叫びたいのは学生も同じ道理です。

東大は教育・研究環境の国際化やデジタル化を推進するための授業料「2割増し」だと説明しますが、実際は人件費や光熱費などの固定費を賄う程度の増収でしかありません。朝日新聞によれば、東大の2022年度総収入に占める「授業料・入学金・検定料」はわずか5%です。仮に20%値上げしても増収額は29億円と微々たるものです。2004年4月から国立大学が法人化されて20年、その間、各大学は常に厳しい競争環境下にある民間企業並みの自助努力を重ねてきたのでしょうか。教育水準や研究水準は支払った授業料に見合うものなのでしょうか。今般、大学側が主張する授業料値上げの論拠には到底与することができません。


出典:文科省・学校基本統計

従来から、大学側は、ハウツーを教える教育訓練所ではないし、学問はすべからくコストパフォーマンスで計測されるものではないと主張してきました。耳障りのいい巧みな言い訳で成果主義から目を背けてきたわけです。受益者負担を強いる前に大学側の運営状況に関する総検証と在学生や志望者への開示が必要だと考えます。

2023年度の学生募集で定員を充足できなかった私大・短大は、過去最悪の53.3%(320校)の上ります。大学の名に値しない大学が多すぎるのです。少子化が想像を超える勢いで進むなか、国公立、私立を問わず、大学(現在約800校)の淘汰は急務です。