黒澤映画のリメイク作品『生きる-LIVING』を観て

『生きる』(1952年)は、名作揃いの黒澤映画のなかでダントツのマイベストです。制作から半世紀以上を経て、ノーベル賞作家カズオ・イシグロの脚本でリメイクされたのが『生きる-LIVING』(2023年)です。長崎で生まれ幼少期に英国に渡ったカズオ・イシグロは、舞台を1953年のロンドンに移して旧作に可能なかぎり忠実な脚本に仕上げています。メガホンを取ったのはオリヴァー・ハーマナス、市役所市民課の課長ロドニー・ウィリアムズを名優ビル・ナイが演じます。

ビル・ナイあってのリメイク作品だったことは、疑う余地がありません。末期癌を宣告されて役所を無断欠勤したウィリアムズは、海辺のリゾート地のカフェで出会った劇作家の誘いで放蕩してみたものの、一向に慰藉されません。やがて、かつての部下マーガレットと再会したウィリアムズは、陽気で茶目気たっぷりの彼女との会話をきっかけに、残された時間を前向きに生きようと決意します。彼女が密かにウィリアムズにつけたあだ名(silly nickname)は「ゾンビ」(旧作では「ミイラ」)。それを知ったウィリアムズは、生きる屍のように役所で無為に過ごしてきた時間を振り返りながら、「気に入ったよ、自分にぴったりだ」と呟きながら頷きます。マーガレットから元気を貰って職場に戻ったウィリアムズは、事勿れ主義を改め、長年店晒しにしていた公園建設に着手すべく、部下を引き連れて颯爽と街へと繰り出します。


フォートナム・アンド・メイソンで歓談するロドニーとマーガレット

モノクロ映画だった旧作は、カラー作品に変更されています。1950年代英国・ロンドンの古色を帯びて憂いを含んだ佇まいが、旧作の世界観に上手く溶け込んでいます。山高帽とペンストの背広に代表されるファッションはリメイク版の欠かせない小道具です。意図的に施されたエイジングが、ウィリアムズの寄る辺なき心象風景を巧みに浮かび上がらせます。また、オープニングのドヴォルザークの『弦楽セレナーデ』や(ウィリアムズが医師を訪れるとき流れる)Jazzのスタンダードナンバー『Alone Together』をはじめ、印象的なシーンに挿入された楽曲の選択が頗る効果的で、臨場感を高めています。リメイク版のオープニングに登場する新人ピーターは旧作に登場しないキャストです。新旧世代の価値観の相克を膨らませつつ、旧作のプロットに新たな息吹を注ぎ込もうとする試みも成功しています。こうして『生きる-LIVING』は、オリジナルより30分以上短いにもかかわらず、旧作に比肩する完成度の高い作品に仕上がっています。

旧作で渡辺市民課長が口ずさむ『ゴンドラの唄』は、スコットランド民謡『The Rowan Tree』(ナナカマドの木)に置き換えられています。旧作が短い命を歌に託したのに対し、リメイク版では故郷で家族と過ごした懐かしい思い出を想起させる歌になっています。

ブランコに揺られながら息を引き取る刹那まで主人公ウィリアムズの脳裡を去来したのは、そんな故郷の思い出でした。ウィリアムズが命を削りながら奔走して作り上げたちっぽけな公園(little playground)は、将来のある子供たちにかけがえのない時間と思い出を提供する場所になり得るはずです。ウィリアムズは、幸福な時間が決して長く続かないことを知っています。いつ撤去されるか分からないブランコは、束の間の幸せを暗示する象徴的存在です。主人公ウィリアムズが感じたような満たされない気持ちは、世紀が変わっても、和らぐどころか深まるばかりです。リメイク版は、<残された時間を精一杯生きよう>というような月並みなメッセージを伝えたいわけではありません。ウィリアムズのように、ほんの少しだけ行動を変えてみればと促しているだけです。誰かから与えられた幸せよりも、自分で見つけた幸せがより貴いことに気づくはずです。マーガレットに余命幾許もないことを打ち明けながら、愛する息子には敢えて告げなかったウィリアムズの心の襞に分け入ってみたくなりました。

新たな不朽の名作の誕生です。