スーパーリアリズム絵画の殿堂・ホキ美術館を訪ねて

ホキ美術館と聞いて心当たりのある方は、相当絵に詳しい方か美術館マニアではないでしょうか。ホキ美術館(千葉市緑区あすみが丘)は、2010年11月に開館した写実絵画専門美術館です。ディスポーザブル医療製品メーカー・ホギメディカル創業者・故保木将夫氏のコレクションがベースになっています。サントリー美術館やアーティゾン美術館(旧ブリジストン美術館)をはじめ企業ミュージアムは数あれど、ホキ美術館は古今東西の美術品を蒐集・展示する総合美術館とは一線を画する存在です。現代日本人画家の写実絵画に的を絞った蒐集方針を掲げる唯一無二の美術館なのです。

開館直後に訪れるはずだった予定が急用で流れて以来、10年越しの念願を叶えるべくホキ美術館を訪れました。都内からクルマで約1時間半、公共交通機関を利用するならJR外房線土気駅(とけえき)が最寄り駅になります。千葉県有数の規模を誇る総合公園「昭和の森」に隣接する立地は悪くないのですが、県外からのアクセスはお世辞にも良いとは言えません。クルマによるアクセスがベストです。

ホキ美術館は、施設そのものがアートです。都心の高層ビルにある企業ミュージアムとは好対照の地に足のついた美術館であることは、ある意味、大変贅沢なことです。地価や建築コストが急騰している現在、キャッシュリッチな大企業と雖も、ホキ美術館のような施設を新たに作り上げることは至難と言えるでしょう。

自然環境に恵まれた立地もさることながら、ユニークな形状の外観が真っ先に来館者の目を奪います。地上1階、地下2階の三層構造の回廊型ギャラリーが他では見られないホキ美術館オリジナルの設え(設計:日建設計)です。2011年に日本建築大賞を受賞しています。駐車場から背後へ回ると、中空に30m突き出した巨大な回廊が覆いかぶさるように迫ってきます。

企画展「作家の視線 過去と現在そして・・・」が開催中です(~24/11/11)。制作に最低でも数ヶ月、場合によっては数年を要する写実絵画の傑作が、回廊の白い両壁に展示されています。ルーブル美術館のように壁一面に所狭しと絵画を並べるのではなく、ひとつひとつの作品の個性に配慮して、十分なスペースを空けて展示がなされています。全館LED照明が導入され、壁にはピクチャーレールがありません。細密描写に徹した傑作の数々を飾るにふさわしい空間です。国内屈指の展示環境と言えるのではないでしょうか。


五味文彦《レモンのある静物》2009年


三重野慶《ひかりのはなし》2018年

有名作家の森本草介野田弘志の作品はもとより、初めて対面する写実作家たちの作品のクオリティの高さに目を瞠りました。なかでも瑞々しいレモンを配した構図が特徴的な五味文彦静物画に惹かれました。石黒賢一郎の《存在の在処》は、制作・加筆に10年を要したと言います。カメラアイでは再現不能な瞬間を切り取った傑作だと思いました。作家の名前こそ列挙しませんが、写真館の背景のような地に描かれた人物画の数々も、毛髪の質感や衣服の感触が伝わってきそうな傑作揃いです。


野田弘志《神仙沼-保木将夫に捧ぐ-》2021年

圧巻は、Gallary 3の超大作《神仙沼-保木将夫に捧ぐ-》(野田弘志・2021年制作)です。北海道ニセコ山系にある沼のなかで最も美しいとされる沼を描いた作品で、高さは3m、幅にして7mもあります。

ホキ美術館にはイタリアアンレストラン「はなう」(要予約)が併設されています。駆け足で訪れるのが勿体ない美術館ですから、次回はたっぷり作品を鑑賞したあとに「昭和の森」を眺めながらワイン&ダイニングも愉しみたいと思っています。