一昨日、大和証券G主催の特別演奏会に招かれてサントリーホールを訪れました。クラシック好きを担当者にアピールしてあることもあって、有り難いことに、冠コンサートを数多く主催する大和証券さんからよくコンサートの招待券を頂戴します。
開演前のサントリーホール
オーケストラが登場する前に、指揮者・佐渡裕さんがマイクを持って登壇しました。プログラムを簡単に紹介しながら、観客のお目当てがピアニスト・角野隼斗さんにあるとズバリ指摘し、「同じ人間とは思えない」と発言して会場を和ませます。5年に一度のショパンコンクール2021において、反田恭平さんが2位、小林愛実さんが4位に入賞して耳目を集めましたが、惜しくもファイナリスト(12名)は逃したものの、角野さんは3次予選まで進んだ強者のひとりです。日本人8名が2次予選進出を決めた第18回ショパン国際ピアノコンクール(2021)予選・本選のドキュメンタリー番組を視聴していたので、角野さんをはじめ日本人ピアニストの奮戦ぶりはよく覚えています。
ショパンコンクール2021において、ピアニストとしての才能に加え、特筆すべき点があります。佐渡さんが「同じ人間とは思えない」と発言した真意に通じる話しです。2次予選で敗退した沢田蒼梧さんは名古屋大学医学部の5回生でした。当時、ショパンコンクール2021を取り上げた日経紙面で「天は二物を与えず」というのは真理ではないとする記事を読んだ記憶があります。沢田さんは理系最難関の医学部しかも旧帝大の学生さん。角野さんは、開成中高を経て東大工学部計数工学科数理コースへ、さらに大学院へ進学したバリバリの理系エリートなのです。頭脳明晰な秀才だけなら世間はさして驚かないわけですが、眉目秀麗にしてピアノの腕前がワールドクラスと来れば、天は二物も三物も与え給うのだと庶民は唯々達観するしかありません。
角野さんが演奏したのは、チャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番(変ロ短調作品23)」、数あるピアノ協奏曲にあって屈指の名曲です。聴くたびに冒頭の壮大なメロディに圧倒され、美しい第1主題へ畳みかけるような流麗なうねりに魅了されてしまいます。全体を通底する叙情性が「ピアノ協奏曲第1番」の魅力のひとつでもあります。緊張もあったのでしょうか、第1楽章では全体的に角野さんのピアノのアップテンポがオーケストラを引っ張る形だったので、もう少しゆったりと構えた演奏でも良かったのではないかと思いました。愛聴盤(1985年6月)のアバド指揮・ロンドンフィル X ポゴレリッチのようなオケとピアノの対話が理想です。
演奏終了後にマイクを握った角野さんは、「サントリーホールは(自分にとって)特別な場所」だと言います。2018年に角野さんがグランプリを受賞した国内最大級のピアノコンクール「ピティナ・ピアノコンペティション」本選ファイナル会場がサントリーホールだったのです。グランプリ受賞をきっかけに音楽の道に進むことを決心したのだそうです。
ソリスト角野さんがアンコールで披露したのはショパンの「英雄ポロネーズ」、ショパンコンクール2021の二次予選(ワルシャワ)で弾いた曲です。後半はチャイコフスキーの「交響曲第5番(ホ短調・作品64)」、アンコールは「弦楽セレナード」のワルツでした。大好きなサントリーホールで聴くオール・チャイコフスキー・プログラムで構成された贅沢な演奏会にすっかり酔い痴れました。