生誕120年棟方志功展@東京国立近代美術館|「世界のムナカタ」の大回顧展

待ちに待った「生誕120年棟方志功展」(2023/10/6〜12/3)が東京国立近代美術館にやって来ました。本年3月の富山県美術館を振り出しに、7月末から青森県立美術館を巡回し、フィナーレの会場が東京国立近代美術館だったのです。サブタイトルは「メイキング・オブ・ムナカタ」。逐語訳するなら、板画家・棟方志功の生成(過程)といったところでしょうか。サブタイトルどおり、本展において、3ヶ所の創作拠点即ち青森・東京・富山(福光)を中心に志功が展開した広範な創作活動を鳥瞰することができます。大回顧展にふさわしい充実のコンテンツでした。訪れたのは会期最初の週末、会場は大勢の来館者で賑わっていました。棟方人気は未だ衰えずです。

驚嘆すべきは、棟方志功の尽きせぬ創作意欲です。人や場所との出会いをきっかけにまるで迸る湧水の如く、次々と作品が生み出されていくのです。展示前半では、民藝の創始者柳宗悦の紹介した支援者が謡い舞った能「善知鳥(うとう)」にインスパイアされた「勝鬘譜善知鳥版画曼荼羅」(1938)が最も印象に残りました。連作から選び抜かれた作品9点を曼荼羅に見立て。縦横3列に並べたこの作品からは、得体の知れない不安や恐怖といった感情がストレートに伝わってきます。後年、裏彩色を施したカラフルな板画を志功は積極的に手掛けますが、板画の原点ともいうべき黒白の世界こそ、志功の真骨頂だと思うのです。

「勝鬘譜善知鳥版画曼荼羅」同様、想像力を掻き立てる溢れんばかりの物語性やメッセージ性に富んだ作品群に惹かれます。その集大成というべきは「二菩薩釈迦十大弟子」(1939)です。下絵を描かず1週間で彫り上げたと図録にあるとおり、一気呵成に仕上げられたことは間違いないでしょう。観る者を圧倒する迫力は、途轍もない創作エネルギーの発露に任せて志功が間髪入れず版木に託したからこそ生まれたに違いありません。目を瞠るのは、大画面(縦103㎝・横37㎝)の完成度の高さです。極めて短い制作時間だったにもかかわらす、姿形の異なる12体を並べて見事に均整させた志功の造形力は非凡と言うしかありません。棟方志功36歳にしてすでに大家です。スケッチが数多く残っていることからも明らかなように、志功の脳裡で長い時間をかけて構想されたからこその大傑作なのです。戦後、サンパウロヴェネツィアビエンナーレで世界が唸ったのもむべなるかなです。

棟方志功の活動領域のなかで特筆すべきは、文芸に触発された作品世界の無尽蔵な拡がりです。有名な谷崎潤一郎の『鍵』の挿画は一例に過ぎません。米国に渡りウォルト・ホイットマンの代表詩「草の葉」の一部を刻んだ柵(1959)には、アルファベットが彫り込まれています。志功の手にかかると和文字もアルファベットもユニークな意匠と化し、文芸の世界に唯一無二の画業を以て新たな息吹や価値観が注ぎ込まれるのです。

「わだばゴッホになる」と宣言した棟方青年は、生命の躍動感を力強く表現したゴッホに比肩しただけでなく、多彩な表現方法を生涯追求した点において同時代人のピカソに並んだのだと思っています。「世界のムナカタ」の真価を再確認し帰宅しても興奮冷めやらず、図録で追体験の真っ最中です。