伊吹山とアサギマダラ|異名は「旅する蝶」

小学校高学年以来でしょうか、数十年ぶりに滋賀県岐阜県境にある伊吹山(標高1377m)を訪ねました。実家は両親の故郷・岐阜市内だったので、大気の澄んだ冬ともなれば通学路の途中にあった忠節橋から冠雪した伊吹山を眺めるのが日課でした。冬季に北西から吹く季節風は「伊吹おろし」と呼ばれ、吹きっ晒しの忠節橋を自転車で渡るとき冷気を蓄えた「伊吹おろし」が身体を直撃したものです。

小学生の頃、伊吹山で「アサギマダラ」を見つけたときの驚きは忘れられません。群れをなしてヒラヒラと舞う姿は優雅にして可憐。このとき以来、自分にとって愛すべき高山蝶と言えば「アサギマダラ」になったのです。9合目のスカイテラス駐車場から西登山道を少し上った辺りで、数十年ぶりに伊吹山の「アサギマダラ」と再会しました。見かけたのは1個体だけです。翅を休めることなく飛び回るのでなかなか厄介な被写体でした。かろうじて捉えたのが次の写真です。


2023年7月30日撮影

タテハチョウ科に属する「アサギマダラ」が日本昆虫学会による国蝶選定の際の候補だったことはあまり知られていません。春から夏にかけて標高の高い山地で過ごしながら繁殖し、秋になると南方へ移動します。気象条件の厳しい海を渡るので「旅する蝶」の異名があります。日本で「渡り」をする蝶は「アサギマダラ」だけです。数百kmの移動はざらで1日に200km、近年のマーキング調査によれば2000km以上移動した記録があるそうです。本州の山岳地域から九州、屋久島、沖縄、八重山諸島あたりまで移動する個体が存在することになります。この3月にスノーモンスター見たさに訪れたのは福島県西吾妻山。夏場になるとその山頂へ通じる登山道やヨツバヒヨドリ主体のお花畑に「アサギマダラ」が飛来するのだそうです。

小さな体で寿命はわずか4ヶ月にもかかわらず、「アサギマダラ」はなぜ途轍もない危険を冒してまで海を渡るのでしょうか。その生態は謎に包まれています。地球温暖化が進み、暑さの苦手な「アサギマダラ」の北限が本州から北海道へ拡がり、南ではフジバカマの植栽地が猛暑でやられ飛来数が桁違いに減少しているそうです。半世紀前と比べると、伊吹山の「アサギマダラ」も確実に個体数が減っているに違いありません。